「えっと、注文はヒマワリが20本っと……。うん、数はあってるから大丈夫! それじゃあ、お届けに行ってくるね!」

 高校3年生の私にとって、この夏は受験勉強に専念できる大切な時期。だけど、そればっかりじゃ気が滅入るような気がして、今日はお父さんに頼まれたお花の配達をお手伝いです!
 今日の配達先はお店から車で20分行った都内の撮影スタジオ。なんでも、撮影の時にこのヒマワリを使うらしい。そういうわけで、今日のアレンジには自然と力が入った。
 スタジオの前に車を停めたお父さんに声を掛けてドアを閉めると、小さなビルの自動ドアをくぐる。ドアの先には美人な受付のお姉さんがいて、スタジオへの通行証とそこへの案内図を渡してくれた。
 手書きの案内図を見ながら歩いていると、廊下ですれ違ったおじさんが「綺麗なヒマワリだね」と褒めてくれて自然と笑みがこぼれた。

「えっと、ここ……だよね……」

 Aスタジオと書かれたドアには「RUNON」と印刷された紙が貼られている。
 ルノンと言えば、あの超有名な雑誌だ……。そんな撮影を見られると思うと、仕事だというのにワクワクしている私がいた。
 ダメだダメだ。ちゃんとお仕事しないとね!
 小さく深呼吸をしてからドアを開けると、近くにいたスーツ姿のお姉さんに声を掛けた。

「こんにちは! 撮影で使用するヒマワリをお届けに参りました!」
「あら、ナイスタイミングね、ご苦労様。そこに置いておいて頂戴。えっと…、領収書をお願いできるかしら?」

 言われた場所に花束を置いてから代金のやりとりをしている間も、スタジオの人はせわしなく動き回っている。なんだかよくわからない言葉……たぶん撮影の用語が飛び交っていて、まるで違う世界にきたような不思議な気分だ。

「はーい! 今日の主役、黄瀬涼太くんが入りまーす!」

 私が入ってきたのとは別の、若干離れた場所にあるドアの前に立っていた男の人の声がスタジオに響き渡る。ガチャンとドアが開くと、その場にいた人全員が作業を止めて拍手をした。
 そして、たくさんの拍手に迎えられてスタジオに入ってきたのは、あの黄瀬くんだった。

「黄瀬くん……!」

 眩しい、っていうのが正直な感想。
 雑誌の撮影っていうくらいだから、私の言葉では説明できないオシャレなお洋服を着ているっていうのもあるけど、そんな外見的なものじゃなくて、スタジオの人たち一人一人にしっかりと挨拶をする姿とか、真面目な顔で打ち合わせしている姿。
 いつも見ている黄瀬くんとはまた違った魅力を持った彼がそこにいた。

「知ってる? あの子、黄瀬涼太っていうの」
「は、はい……」
「彼ね、中学生の頃からモデルやってるのよ。本当はもっと全面的に売り出していきたいんだけど、部活を優先したいっていう本人の希望があるから、なかなかそうもいかなくて……」

 撮影を始めた黄瀬くんを見つめるお姉さんは「もったいないなぁ」なんて言いながらも優しい表情をしていると思った。きっと、黄瀬くんの部活を応援してくれているからなんだろうな。
 私もお姉さんにつられて撮影の様子を眺める。カメラの前に立つ黄瀬くんの手元には、さっき私が届けたヒマワリがあった。

「本当はね、今回の撮影では違う花を使うつもりだったの」
「え……?」
「でも黄瀬くんが『大切な人がオレにはヒマワリが似合うって言ってくれたからヒマワリがいい』って言うもんだから急遽変更。そちらにも迷惑かからなかったかしら?」
「いえ、迷惑なんてそんな……」
「それなら良かった。それにしても、大切な人って誰かしらねー? お姉さん?」

 私と黄瀬くんの距離は20メートル。決して遠くはないはずなのに、今の黄瀬くんはずっとずっと離れたところにいるような気がした。
 シャッターが切られるたびに黄瀬くんの表情は変わっていく。キリリと鋭い目つきかと思ったら、今度は胸が苦しくなるくらいに甘い笑顔。

「ふふ、あなたも黄瀬くんに魅せられちゃったみたいね?」
「えっ? そ、そんな……」
「だって、顔が真っ赤だもの。本屋さんで見かけた時はぜひ手に取ってみてね?」
「はい……。えっと、私はこれで失礼します。またよろしくお願いします……!」

 お姉さんにぺこりとお辞儀をして、まるで逃げるみたいにスタジオをでた。
 何から逃げたのかと訊かれれば、それはきっと黄瀬くんから。これ以上自分がおかしくなるのが怖くなってしまったんだ。

「どうしよう……なんか苦しい……」

 黄瀬くんは明るくて、素直で、自分の感情をはっきりと表現してくれる。それを私は可愛いと思っていた。
 それなのに、今日見た黄瀬くんはいつもとは違うずっと大人な雰囲気をしていて、カッコよくて、心臓がドキドキして。
 そう言えば、あんな表情は今までに何回か見たことがあったし、その時は決まって黄瀬くんは私を撫でたり、頬に触れたり、あまつさえ抱きしめていた。
 思い出しただけで顔が熱くなって、私は無意識に両手で頬をぱしぱしと叩いた。

「い、今はお手伝いに集中しないとだもんねっ……!」

 私は立ち止まって大きく深呼吸をすると、お父さんが待つ車へと急いだ。

トパーズの眠る宝石箱に鍵をかけて
  mokuji  
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