「おい、黄瀬。なに寝ようとしているんだ? 合宿の夜と言えばすることは一つだろう?」
23時。今日から本格的に始まった合宿練習は、普段の練習なんて比べものにならないくらいハードで、今日は布団に入った瞬間に眠れるんじゃないかってくらい疲れていた。
なのに、だ。布団に入ろうとするオレの腕を掴んだ森山先輩は、無理矢理スタメンが集まる輪の中へオレを連行した。
「ちょ……。センパイ達疲れてないんスか……? オレもうくたくた……」
「さて。合宿2日目も終わろうとしているが、何か進展があった者はいないのか? 俺がせっかく女子を連れてきたっていうのに、何もないなんてつまらないじゃないか!」
「無視っスか……ヒドっ……」
森山先輩と小堀先輩の間に座らせられたオレは、閉じそうになる瞼を必死に持ち上げて話を聞いていた。
「オ(レ)は今日ド(リ)ンクを渡してく(れ)た女の子が可愛いと思ったっす!!」
「ああ……。それはきっと3年1組の佐藤さんだな。たしかに、あの子は細かいところまで気が付いてくれて、なにより美人だ。俺は入学式の日に声を掛けたよ」
「いくらなんでも、それは早すぎんだろ」
「そういう笠松はどうなんだ?」
「お、お、俺は別に……。つーか、お前らバスケに集中しろバカ!」
「怪しいな……。まあ、いい。で、黄瀬はどうなんだ? もう名前ちゃんに告白したのか」
「っ…………!!」
オレには関係のない話題で盛り上がってるなー、なんて半分夢の世界に入りながら聞いていたのに、森山先輩に話を振られた瞬間に目が覚めた。
「ちょ、ここで言わなくたっていいじゃないっスかぁ! 笠松センパイ達にはバレてないと思ってたのに!」
「なんだ? 隠してたのか?」
「当たり前っスよ! つーか、まだ告白とかできるわけねーし!」
「へえ……『まだ』ねぇ……」
「くっ……!」
にやにや。森山先輩のにやにやが笠松先輩に伝染して、笠松先輩のが早川先輩に。
先輩達の顔には疲労の二文字なんてなくて、オレと名前先輩のことを根掘り葉掘り聞き出してやろうって悪意がありありと浮かんでいた。小堀先輩だけはオレを同情の眼差しで見ている。
「お、オレ! 飲み物買ってくるっス!!」
身の危険を感じて、オレは鞄から財布を引っ張り出すと部屋を飛び出した。
背後からは「逃げたな……」なんて声が聞こえたけど、そんなもの気にする余裕だってなかった。
******
別にのど乾いたなんて思ってないけど、ああ言ってしまったのだから一応飲み物を買っておこう。そう考えた結果、食堂の横にある自販機の前までやってきた。
「はぁ……。あの人達早く寝ないかな……」
「あれ? 黄瀬くん?」
「名前センパイ……!」
自動販売機にお金を入れミネラルウォーターのボタンを押す。がこん、とペットボトルが落ちてきたのと同時に声をかけられた。
振り向くと、そこにはお財布を手にした名前先輩。長めのタオルを肩にかけ、その髪の毛はまだ濡れていた。
「奇遇だねー。お風呂から上がったらのどが乾いちゃってお茶買いにきたの。黄瀬くんも?」
「ま、まぁ、そんなとこっスかね……あはは」
先輩とのことを聞かれそうだから逃げてきた、なんて言えるはずもなくて、適当に笑ってごまかす。
オレの横に立った先輩は「そっか」と頷きながら、缶の紅茶を買っていた。
「あ! そういえば黄瀬くん!」
「ん?」
「黄瀬くんって現役モデルさんじゃない? それでね、お肌のお手入れってどうしてるのかなぁって」
「手入れっスか……?」
目をキラキラと輝かせ、背伸びをしてオレの顔を覗き込んでくる先輩に一瞬で顔が熱くなった気がした。
先輩はなにも考えていないんだろうけど、こういうのはマジで心臓に悪い。
「……えっと、特になにも……。姉ちゃんに化粧水とかを勧められはするんスけど、面倒臭くてやってないんス」
「うわ…………」
「え? なんでそんなに不機嫌そうな顔するんスか?!」
「別に不機嫌じゃないもん。ただ、黄瀬くんが羨ましいなーって」
むう、と頬を膨らませながら目を逸らした先輩。拗ねるとこんな仕草をするんだなって、また一つ先輩のことを知った。
「センパイだって十分肌綺麗っスよ? だってほら」
膨らんだ頬を指先でつついてみる。すると、もっちりと柔らかい肌にオレの指が沈んだ。
「センパイのほっぺ、柔らかくて気持ちいいっスもん」
「っ…………! わ、私もう寝ないと……!」
「え?」
「お、おやすみ黄瀬くん……!」
オレがほっぺに触った瞬間、先輩は目を真ん丸にして驚いていた。そして、顔を赤くしたと思ったら、逃げるようにその場を去ってしまった。
「センパイ……?」
さっきの真っ赤な顔って……。つか、先輩に触っちゃうなんて、なんてことしてんだオレ!
でも、その反応って少しは期待してもいいってことなんスか。
ねえ、名前センパイ。
真夜中トロイメライ