ある日、ふと客間に足を運ぶと、そこにはあの黒い洋服を着た人がいた。 「土方さん…!」 「ん…?あぁ、久しぶりだな」 灰皿に煙草を押し潰しながら小さな笑みを見せた土方さんは、「元気にしてたか?」と私に質問をした。その問いに頷きながら机を挟んで彼の前に正座をすると、私は「もちろん」と笑顔を浮かべて彼に視線を向けた。どうやら一人で来ているらしく、この前みたいに沖田さんとの面白いやり取りを見れないのは、とても残念だ。 「今日は一体どうしたのですか?」 「いや、今日はここの主人に話があってな。今終わったところだ」 「話……?」 「あぁ、どうも最近、有名な幕吏や金持ちの屋敷を狙ったテロが多発していてな…。どの事件でも、屋敷のモンは皆殺しだよ。ここの家は今のところ大丈夫みてーだが、100パーセント安全だと言える保証はどこにもねェ」 「そうですか……」 「おそらく、高杉もしくは他の過激派攘夷集団の仕業だろうが…、」 「高杉……?」 「お前、高杉を知らねェのか?」 よく知った単語に、私は思わず身体を揺らして反応してしまった。まさかとは思うが、高杉なんてどこにでもある名字じゃないか。自分を落ち着かせるために深呼吸をすると、土方さんが机上に置いてスッと差し出した写真を覗き込んだ。 「ッ……!」 「こいつが高杉晋助…。攘夷志士のなかでも、最も過激で危険な男だ」 「高杉…しん、すけ…」 「こいつが今回の件の黒幕だと決まったわけじゃねーが…。まァ、いずれにせよ危険な男に変わりはねェ」 それじゃあ俺は帰るぜ、と刀を手にして立ち上がった土方さんは私を置いて部屋を出ていってしまった。一人、部屋に残さた私の目に映るのは、先ほど土方さんが残していった一枚の写真。 「高杉さん…」 片目を隠す包帯も、妖しく歪んだ口元も、全部、全部知っている。見違えるはずがないじゃないか。なぜなら、私はこの目で、それも、すぐ隣で彼を見つめていたのだから。 結局、彼は名前を偽ってなんかいなかった。その代わりにもっと違うことを偽っていたのだ。おそらく、私の目の前に現れたのは、屋敷の内部を探るためだったのだろう。 散歩だなんていう彼の嘘を信じた私が馬鹿だった。私の手を引いてくれた冷たい手も、小走りで追いかけたあの背中も、共に桜を眺めたあの夜も、彼と過ごした全てが偽りでできていたとわかっているのに、そう思いたくないと、心のどこかで否定している自分がいた。目を閉じ唇をキュッと噛み締めて項垂れていると、突然、部屋の障子が乱雑に開かれた。 |