5/8
■I am very foolish.
INDEX栞を挟む
←前|次→
がやがやと騒がしかった消灯時間からいくらか時間が経って、欠けた月が中天へと掲げあげられた深い夜。
寝室が同室のみんなが静かに寝息を立てて夢を見ている事を確認してから、僕はゆっくりと瞼を押し上げた。

「(……えーっと、今日は誰だっけ………、ああ、134番のライラだったっけ?)」

頭の中でそんな確認をしながら、僕は寝巻きの上からコートを羽織って白い手袋と布切れを持ってこんな真夜中から準備をする。

(今日は空が明るいからバレないようにしなきゃなぁ、)と思いつつ、星のカーテンが引かれた空を見上げながら、僕は寝室の大部屋から静かに抜け出した。向かった先は、女子寮のーーーとある女子の部屋。僕は足音を立てないように細心の注意を払いながら歩を進める。そうして何分も経たないうちに辿り着いた女子の部屋で、僕は少しだけ浅く呼吸をしてから、手袋をして扉を開けた。ガチャリ、この瞬間が一番緊張する瞬間だ。
僕は侵入した部屋のベッドに近付き、顔を確認する。男子寮の8人1部屋の大部屋の寝室とは違い女子寮の寝室は2人1部屋だ。だからバレにくいとか間違えにくいとか便利だけれど、相手を間違える事は絶対に出来ないので念には念を入れて、僕は見たくもない顔をきちんと拝む。

僕が覗いたベッドの上には、さがしていた目的の顔があったので、僕はすこしだけ目を細めながら、瞼を閉じて緩く息をする彼女の顔を見つめた。

ーーーああ、羨ましいなあ。性別が女であると言うだけで、普通の人間の女であると言うだけで、こいつは、この生物は僕が一番大事で大切だと思っている人に好きなだけ自身の思いを伝えられるのだから。

僕はそんなことを頭の中で思いながら、彼女の口元に布を押し当ててから、両手に力を入れて彼女の首を絞める。ぐっ、と言う苦しげな声と共に、すぐに息の出来なくなった彼女は、顔を真っ白にしてから呼吸をしなくなった。ぐったりとした彼女ーーーライラを見つめてから、僕は彼女の体を裏返して頭と首を引き裂くようにして延髄をブチリと切る。これでこいつは間違いなく死んだだろう。僕はそんな事を思いながらも、死体と化した彼女の口にかけた布を回収してから来た時と同じように静かに女子寮を抜け、何事もなかったかのように男子寮の寝室に戻り、自分のベッドに戻った。翌朝になれば騒ぎになるだろう。そんな事を思いながら。



ーーーそして、それから、朝になって。
夜の事なんか何事もなかった様子で、いつも通り朝食にありつこうとライナーと食堂に向かっていると、その道中で突然、ナマエから名前を呼ばれて抱き着かれた。ナマエのその行動に僕は内心とてもびっくりしたんだけれど、そんな僕の心中はを知らないナマエは、随分と焦燥した表情で僕の左胸に耳を当てる。ああ、心臓の音、聴かれちゃってるなあ。早くなってるの、バレちゃうんじゃないかな?、とかナマエの焦燥した雰囲気とは裏腹に呑気な事を思いながらも、それでも何事もないようなそぶりでナマエにどうかしたの?と問いかければ、泣きそうな顔をしたナマエからなんでもないと返ってきたので、僕はそんなナマエがウソがヘタだと思った。

ーーー恐らくナマエがこんな調子なのは、自分の恋人が…それも、昨日から付き合い始めたら恋人が昨日の今日で死んでしまったから、自分の周りにいる人間が死んでしまわないか不安で、僕に抱き付いてきたんだろう。
もっと言ってしまうと、ナマエは自分の恋人どころか、ナマエに告白した女の子達はみんな、死んでいるか脱落しているかの事態なのだから、自分に関係のある周りの人間が死んでしまわないか不安だと言うところだろうか。

泣きそうな顔を見せないように、静かに僕に抱き付いてくるナマエを眺めながら僕はそんな想像をする。
まぁナマエの周りの人間を殺したりしているのは僕自身だから、僕が死んでしまうということはまずありえないのだろうけれど、それを知らずにナマエが不安がるのが、僕にとってはそれがひどくいとおしいと思えた。

だってそれは、僕が死んでしまわないか不安がっていると言い換えることが出来るからだ。僕は自分の中に溜まっていく濁った恋情を暖めながら、僕の名前をうわごとのように呟くナマエに囁く。


「ベルトルト、っベルトルト…っ!!」

「はは、なあにナマエ。大丈夫だよ、そんなに名前を呼ばなくったってちゃんと返事出来るよ。僕は居なくならないよ。」

抱き着いてくるナマエを見つめながら、僕はそう呟く。

そうだよ、僕は、居なくならないよ。
君の周りに群れる、すぐに死んだりいなくなってしまうような、不釣り合いな羽虫のような生き物と違って、僕は、すぐには居なくならないよ。


そんな意味も込めて、ナマエの身体をギュッと抱きしめ返したのに、ナマエはそんな僕の気持ちにも気付かないで安心したように笑うから、やっぱりなんだかとっても愛おしいと思ったし、やっぱりナマエの隣は誰にもあげられないなぁ、なんて思った。




「(愚かかもしれないね、こんな行為。)」

「(だけど、僕は君の隣を誰かに渡したくないし、だから今だけは、今この時くらいだけは。…僕も君たちと同じように、おろかなにんげんでいたいんだよ。)」


僕はそんな事を思いながら、ナマエを静かに抱きしめる。
本気になれば簡単に壊せるこの肢体に触れながら、僕は安心したように笑うナマエのように、やんわりと緩く目を細めた。




I am very foolish.







←前|次→
INDEX栞を挟む
×
- ナノ -