いかでかたしか  | ナノ



熟れた柘榴のような鈍い真朱色の紅を塗った唇で、早くおくんなまし、と吐息を多めに呟けば、眼前に聳え立つ愚かな男は鼻息を荒くして俺の元へと歩み寄って来た。

男のその欲に塗れた目には今にも俺を抱かんとする意思が簡単に読み取れて、俺はその浅はかさに内心溜息を着く。
しかしながら俺はその内心を微塵にも表情に出さずに、ただ目を伏せて、情事を恥じらう生娘のように慎ましやかに男が己が肩に手をかけるのを待った。さあ、早く俺に触れろ。そんな事を思いながらも豪奢な敷き布団の淵をぼんやりと眺める。すると幾瞬も経たぬ間にその愚かな男が俺の肩に手をかけたので、俺は得たりと思いながらも、袖の内側に隠していた苦無で男の喉笛を掻っ切った。男は驚愕した表情で俺を眺める。俺はそんな男の無様な表情を眺めながら、ほくそ笑んで中指を立てた。その時に男の返り血がぶしゃあと飛び散って、俺の中指にその血が付いたので俺は眉を顰めた。嗚呼、畜生、付いてない。
俺は仰臥して動かなくなった男の衣服をまさぐって、懐に隠された金子と巻物を奪って、忍び装束に早着替えをしてから天井裏に潜んで、数秒前まで滞在していた部屋に火を放った。事前に鰯油をぶちまけた部屋では火が簡単に大きくなって、軈て男の死体を緩やかに燃やしていく。

肉片の燃える臭いと、安い鰯油の魚くさい臭いを嗅ぎながら、俺は赤に染まる部屋を眺めて、5年前の出来事を思い出した。


ーーー赤を見ると、五年前のあの出来事を思い出す。

「っはあ、っはあ…っ糞、餓鬼、っが…っ!!、っ今迄…誰が育てて、っやったと…っ思ってやがる…っ!!」

ーーーそう言って、俺を血走った目で睨むのは、当時の俺の飼い主だった。

「白子で…っ、親無しの醜いお前を…っ!!、っいったい誰が、育てて、やったと…思ってる…!!」

俺の飼い主は苦しそうな顔をしながらも尚も噛み付くようにそう喋る。
俺はそんな飼い主の、身体中に血を纏わせながらぎゃんぎゃんと吼える飼い主の、左の目玉の上から簪を刺した。ぶちゅり、と気持ち悪い感触を感じながらも、俺は痛がる飼い主を見つめる。言葉に鳴らない悲鳴を上げながら左目を押さえる飼い主に俺は笑みを漏らしながらも、ただただ飼い主を見つめた。

ーーー俺は生まれつき白子(肌が異常に白く、両の眼が真っ赤である人間の事)で、そのせいで両親から忌み嫌われて捨てられたそうになった。産まれたての子どもが捨てられる事、それはすなわち死を意味する。俺が俺として自我と記憶を保つ前に死ぬ事は、今の俺としては幸いな事かも知れなかったが、生まれついての異端として、人から忌み嫌われて産まれて来たものとして俺がそう上手く死ねるはずも無かった。

俺が両親から捨てられる前に、偶々人買い屋の連中が現れて両親はその人買い屋の連中に俺を売ったのだ。

俺の両親としてはただ捨てるよりも金子になる方が嬉しかったのだろう。
俺は何百文かの安い銭によって、人買いの連中に引き取られ、そしてまたその連中から見世物小屋の連中…つまりこの飼い主の元までやって来たのだ。

見世物小屋での生活は酷かった。
小さい頃から人に見世物にされて、汚い醜い気色悪いと蔑まれながら生きてきた。
俺は白子と言うこと以外は見目は良かった方だったから、齢六つの頃から物好きな連中や飼い主から、夜伽の相手をさせられた。夜伽の相手が上手く出来なければ殴られたし、残飯ばかりの食事さえも与えられない日もあった。そんな日々を過ごしているうちに、俺の心の中で、こいつらに対する不満や、世界に対する不満はどんどんどんどん膨張していった。

そうして齢が十になった時。
俺はーーー見世物小屋の連中を皆殺しにした挙句、見世物小屋を焼いた。

俺は自身の飼い主を殺し、今迄見世物小屋で稼いで来た金子を全て奪って、俺は逃げ出した。最後に殺した飼い主のあの無様な表情をずっと脳裏に過ぎらせながら、そうして俺はーーー風の噂で聞いた、現在の俺の住処でもある此処ーーー忍術学園へと、足を運んだのだ。





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