関係の始まり


「――――苗字名前殿、でしたっけぇ?、…ふぅ〜ん…。…よろしくお願いします、ねぇ?」

―――――アイツが最初に話しかけて来た時に、俺に言った言葉は、確かそんな言葉だったと思う。


見定めるような視線と、言葉とは裏腹な表情を携えて、アイツは―――後藤又兵衛は、俺にそう話しかけて来たんだったっけ。



―――又兵衛と俺のそもそもの出会いは、いつかの戦後(いくさご)の評議の時だった。

いつも通りに大きな武功を上げた順から禄を分割されていって、俺もそれなりに禄を貰って。それで全員の禄の分割が終わった後に、半兵衛様からご紹介があったんだ。

「さあみんな、注目してくれ。察しの良い人はもう気付いているかも知れないけど…、そこにいる彼らはこれから秀吉に仕えてくれる者達でね。」
「天下を我が豊臣のものにする為には優秀な人材が必要だから、人は幾ら居ても構わないのだけれど、「和を以て尊しと為す」。…無闇に内紛なんかに興じずに、皆が一丸となって秀吉を支えるんだ。…分かったね?」

―――そして半兵衛様のそんな紹介の中の「彼ら」に含まれていたのがこの又兵衛で。

又兵衛と比べるとかなり古参(まぁ三成とか吉継とかと比べたら全然だけど)な俺は、当時新しく秀吉様の配下となった彼らに対して特に何を思うこともなく、ただ、秀吉様の配下武将ってどんどん増えていくなぁ、さすが秀吉様だなぁなんてズレた事を考えながらも、とりあえずの表面上の体裁の為にと、新しく配下になった官兵衛や又兵衛に、評議の後に話しかけたのがことの始まりだった。

「あ、…黒田殿、と後藤殿、でしたっけ?」
「あ、ああ…お前さんは、」
「秀吉様の配下武将の苗字名前と申します。」
「名前な、よし覚えた。…そんで、まぁ先程紹介に預かったからご存知かとは思うが、小生は黒田官兵衛だ。堅苦しいのは肌に合わないんでね、官兵衛で頼む。」
「官兵衛、ね。了解致しました。」
「堅苦しいから敬語もいらないんだけどな?」
「…はは、了解した。」

官兵衛とはそんな会話をしたっけか。
あの時のアイツは中々に軍師然としていて、友好的な態度とは裏腹に、何処と無く食えない雰囲気を醸し出していて、あ、この人は半兵衛様的な立ち位置で大成しそうだな、と思ったのは今でも記憶に新しい。

「…そして、」
「ああ、コイツは小生の配下の後藤又兵衛だ。」
「…苗字名前殿、でしたっけぇ?、…ふぅ〜ん…。…よろしくお願いします、ねぇ?」
「…ああ、こちらこそ。」

―――上から下まで舐められるように見つめられたあとに、又兵衛からはそう言われたんだっけか。

第一印象はホント、「蜥蜴みたいなヤツ」だと思ったけど、それも何とか胸中に押しくるめて、それから官兵衛と又兵衛を評議の後にある宴の席に誘ったんだったっけ。


宴では席も近かったし、だから又兵衛には酌とかしてやってたんだけど。

問題はそこで起きて。


「どうぞ、後藤殿。」
「…あー、ありがとうございますぅ。…苗字殿も、どうぞ?」
「あ、ありがとうございます。」

又兵衛から返された酌を受け取って、酒を仰いでいると、又兵衛からこんな言葉を言われたんだ。

「…ところでぇ、苗字殿はぁ、…此度の戦ではどんな武功を立てられたんですかぁ?」
「武功、ですか?」
「ええ。私はまだまだ若輩者なんで、あまり敵を殺せてはいないんですけど、ねぇ?、……半兵衛様の左腕と名高い大谷殿の、そのまた左腕と言われている苗字殿なら、さぞや素晴らしい武功をお立てになられたんじゃないかと思いましてぇ。」

ニヤリ、と目を弧にして笑う又兵衛に、俺はこの時不意に自分の上司である蝶々殿を思い出した。
あ、コイツなんかスゲー食えなさそう。
そう思った俺は、又兵衛の機嫌を損ねないようにして、謙遜の言葉を言ったんだ。

「…いえいえそんな。そのようなお言葉は、私には勿体無きお言葉ですよ。確かに私は現在、大谷殿の下で日々研鑽させて頂いておりますが…、…そんなに大層なものではございませんし。」
「後藤殿の武功の方がずっと素晴らしいかと存じ上げます。」

雑兵500に敵部隊長の首5つ。確かこの時聞かされた話では、又兵衛はそんな立派な武功を上げたらしいのだ。謙遜してもおかしくはない。と言うか周りの空気的にも謙遜するのが正しいんだろう。俺より古参の、そんで俺より位の低いお偉方は俺の一挙手一等足を固唾を飲んで見守っている(もちろん、俺が失敗をすれば俺を蹴落とす為にだ)みたいだろうし。

だから空気を読んで謙遜したのに。

「…ほっほお。いやはや、苗字殿は中々話の分かる御仁ですねぇ。」
「……はい?」
「俺様、物分かりの良い人嫌いじゃないんですよねぇ。」
「お、俺様…?」
「そぉそぉ。ぶっちゃけ俺様ほどの力があれば、天下なんてあっという間に取れちゃうと思うしぃ?」
「…はは、後藤殿、お酒が過ぎていらっしゃるようで…。…どれ、私めで宜しければ、寝床迄ご案内致しますよ。」

…実は又兵衛が空気を読めない自己陶酔型の人間だったなんて。
あの時は頭と胃が同時に痛くなった、と今振り返っても思う。

とにかくそういうKY発言をした又兵衛を取り繕わねば、又兵衛の飛び火を受けて俺もイビられるだろう。
それを危惧した俺は(器が小さいとか今更だし)、又兵衛を酔っ払いと位置付けてこの宴から退場させることにした。
…つうかこういうのは本来なら官兵衛がするはずだと思うけど。

「…ああ?、酔ってないんですけどぉ?」
「あーはいはい。それは酔っ払いの套言でございますよ。」

そう言って無理やり又兵衛を立たせて、大坂場の客室のひとつに、又兵衛を連れてったんだったっけ。

そしてかなり猫背の又兵衛を引き摺りながら、俺は又兵衛に注意を促した。

「……後藤殿。」
「…なーんですかぁ?」
「…酔っておられなくても、他の方が大勢いらっしゃる場でのあのような物言い、お控えなさって下さいませんか。」
「…はあ?、苗字殿は俺様が雑魚だって言いたいんですかぁ?」
「いや、そうではなくて……後藤殿がお強いのはご存知ですが、先程のような場でのあのような物言いは他の者の反感を買いやすいので…。」
「俺様はぁ、事実を言ったまでですよぉ?」
「そうですけど…ハァ、あのねぇ、後藤殿…。」
「後藤殿とか無理して呼ばなくて良いですよぉ?、…アンタ、ホントはクソめんどくさいなぁって思ってるんだろ?」

「…分かってんならああ言う話するなよな…。」

「だって事実じゃないですかぁ…ねぇ?」
「あー…確かに又兵衛は強いからなあ。…もうそれでいいか。」
「なぁんか失礼な事、言ってませんかぁ?…ねぇ?」
「良いから、あんまり他人の前でそういう事言うなよ。俺の前では言って良いからさぁ。」
「……なんですかぁ、それ…。」


それじゃあ、良い夢を。そう言ってその日はそれで又兵衛と別れたけど、思えばそれが全ての―――俺と又兵衛の友人関係の始まりで、そして現在の俺の悩みの始まりだった。

―――もしあの時俺が気紛れに官兵衛と又兵衛を宴になんか誘わなければ、もしあの時気紛れに又兵衛に酒なんか勧めていなければ。

もしかしたら友垣になるなんてこともならずに、俺は前と変わらずに、生きていけたかも知れないのに。

結果論を考えても仕方のない事だが、そう思わずにはいられない俺は、そんな事を脳裏で呟きながら、盛大に溜め息を吐いた。



――――――――――
全ての始まり。
又兵衛様はこの時点からナルシスト発揮ワロタ。

套言(とうげん)=使い古された言葉。決まり文句。

和を以て尊しと為す=表面上の関係ではなく、心の底から仲良くし、時には讒言も言い合える程度に仲良くならねば強い関係は作れない、的な意味。



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