「お前はお母様を大事にしていれば良いのよ。お母様だけを、大事にしていれば良いのよ。」


ーーー頭の中で反芻したそんな言葉に、形容し難い吐き気を覚えて、飛び起きるようにして身体を起こした。

ベッドの脇にあるデスクに置かれたデジタル時計を確認すると、時刻は午前3時12分を示している。

洗い呼吸を抑えるようにして深く溜め息を吐けば、途方もない疲労感を覚えて、俺はするりと自室を抜け出した。

ーーー時折、夢に見る。十数年前の忌まわしい記憶。

それは丁度己の半身の義父が亡くなった頃くらいだったろうか。

身体の節々が成長を伴う痛みに悩まされると同時にその頃から、自身に精通と言う物が始まった。
義務教育期間中だったのでそれがどういうための物かもなぜ起こるかも簡単にだが理解していたが、その生理現象に対してあまり良い感情を抱かなかった事と、この事が誰かに見つかる事に言い知れぬ不安感を覚えたのは今でも深く残っている。

ーーー白く汚れた自身の下着を、誰からも見つからぬようにして病院の焼却炉に持って行き、その日の午後には燃え滓にしていた。自身で汚れたそれを洗ったり、誰かから見つかるような場所に捨てたりした記憶はない。その頃から隠す事は義父に似て上手く出来たので、道中誰にも会わずにそれを捨てる事も難くなかった。そして無事に捨てられた事に安心したりもしていた。

ーーーだから、自身に精通が来たことを真っ先に義母に知られていた時は、身体中に恐怖が駆け巡った。


「おかえりなさい司郎。そう言えばたまたま見かけたのだけれど、お前も漸く大人になる準備が出来たのね。良いことだわ。それじゃあお母様と交配の練習をしましょうか。
将来お前が小汚い虫に宮田家の子孫を孕ませた時に、宮田の者として恥ずかしくないように。」


ーーーいつも通り、学校から帰宅して義母に挨拶をした折に、病身の母からそう告げられた時は血の気が引いた。

何故知っている、という感情と、義母と交配する、という言葉に、俺は嫌悪感と恐怖で動けなくなった。

「、っ何を、言っているのですか、お母様、」

俺は拒絶するように義母に問いかけた。

血は繋がっては居ないが、戸籍上は紛れもなく親子だ。近親相姦など倫理的にあり得ない。

そういった気持ちから、半ば義母の意思を否定するようにして問いかけたのだが、義母にはそんな俺の意思は通じず、ただ朗らかに、こう言われた。

「?、言葉通りの事よ司郎。セックスするの。お前の初めてがお母様とだなんて、お前も幸せ者よねぇ?」

ふふふ、と口元に笑みを浮かべながら、動けない自身を抱き締める義母に、俺は心の底から恐怖を感じる。

ーーー嫌だ、怖い。この人とそんなこと、したくない。

当時の自分はまだ幼く、宮田家としての仮面が薄く、生きる為の社会的人格というものの形成が未熟だったので、母の狂言に隠していた弱い自分が出てしまった。

ーーーこう言う事は、いわゆる恋仲の人間がするのでは無いのか。

ーーー稚拙な言葉で言えば、自身の好きな人と、 ーーーそう、家族ではなく、好きな人とする行為では無いのか。

頭の中にそんな気持ちが氾濫する。その時に自身の脳裏に過ったのは、三隅郡の中学校で
常日頃から自身に鬱陶しいほどに話しかけてくる、苗字名前の事だった。

ーーー「なー宮田。なんかいやな事あったら言えよ?」

ーーー「なんなんだいきなり。……お前に話すことなんかない。」

ーーー「えー?、そうジャケンにすんなってー。俺、宮田の事心配してんだからさ。お前いっつも一人で行動するし、弱音とか吐かないから、いつかぶっ壊れそうで心配なんだって。だから、いやな事あったら、真っ先に俺にいえよ?」



ーーー今日の昼休みに、苗字から言われた言葉を思い出して、俺は泣きそうになりながらも心の中で叫ぶ。

ーーーたすけて、たすけてくれ、苗字。

俺は心の内でそう叫んだ。身体は恐怖で動かない。義母は俺の下半身の上に跨るようにして動く。ベッドのスプリングの軋む音が一定のリズムで自身の鼓膜を叩く。

ーーーたすけてくれ、たのむ、苗字。

吐息を荒げる義母の声が耳に障る。下半身が熱を帯びる。気持ちが悪い。逃げ出したい。恐ろしい。身体が硬直してしまったかのように動かない。怖い。

ーーーたすけてくれ、お願いだ、たすけてくれ…、苗字…っ!!!

俺の脳裏で朗らかに笑う苗字の顔が見えた。それが、今俺に跨って腰を振りながら笑う義母の顔と重なって、そしてその時俺はドクリ、と射精した感覚を覚えた。


ーーー「…クソ…ッ。」

ーーー俺はそこまで思い出してから、小さく苛立ちをあらわにする。

ーーーあの出来事以来、俺は生きていくために必要な、社会的人格の形成というものに成功した。仮面を被ってからの俺は、勉強を理由にして義母との接触を極力絶ち、俺に話しかけてきた苗字名前の存在も、無視することで関係を絶った。
そうして俺は至極簡単に【冷酷無比で薄ら黒い人間】と言う剥がれ落ちない仮面を見せることに成功した。

クラスメイトは俺に侮蔑と畏怖の混じった瞳を向けてきた。村人は俺に徐々に離れていった。義母は俺に見離されたことで自殺した。義父は俺の変化に特に何も感じずに、俺が病院を継ぐまで仮面を被ったまま生きて、死んだ。

そうして俺は、ただ一人、与えられた義務だけの為に孤独に生きる選択をした。



ーーーそれなのに、時折ふと呪いのように義母を思い出しては、同時に苗字名前の生温い暖かさを思い出す。

「っ、クソ、っは、っはぁ、っはぁ…ッ!!!」

ーーーあの親でなければ、あの生温い暖かささえなければ。俺はもっと、もっとまともに…

「っあ、っ苗字、っ…く、う、…っ出る…っ!!」

ーーーあれ以来、女性不信になった俺の専らの妄想対象になった苗字は、現在三隅郡の町役場で働いているらしい。

そして明後日は町役場まで健康診断に行く日だ。

彼は元気にして居るだろうか。そして、仮面の裏でこんな事をしていると彼が知ったら、彼は俺に対してどんな事を考えるだろうか。

歪んだ笑みをたたえながらも、俺は白濁した液体を吐き出す自身の性器を、トイレットペーパーで拭き取ってしまった。唯一仮面が剥がれ落ちるこの時間だけは、自身が恐ろしく歪んでいるなと実感する傍らで、確かに俺が俺として生きている心地がした。




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寧々子が思うに、宮田の初体験はお母様だと思うの。
んでお母様のそんな狂った行いのおかげでか、得てして社会的人格を形成することに成功した宮田。
でもお母様のせいで宮田は女性不信になったから今後抜く時のおかずが主人公になったよ的な。わかりにくいですね。ごめんなさい。










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