「生きて、幸せになって―…」
「ターヤっ!!」
「ターヤ……」
またあの夢だ。必死に伸ばして掴んだ手はだらりと力なく垂れ下がって、ターヤの心臓は動くのを止めてしまった。だんだんと自分の腕の中で冷たくなって行く妹をただ必死に抱き締めていた。何度も何度も名前を呼んで。
「妹さん、ですか?」
意識が浮上する。ふっと近くから声がしてキリクは思わず身を固くした。直ぐ隣に居たのはエリンだった。無意識のうちにか、キリクの右手はしっかりと彼女の腕を掴んでいた。
王獣舎で見張りをしていたのをすっかり忘れていた。うたた寝した上に彼女の腕を掴むなんて大失態だ。
すみません、といつものように目を細めて言うとエリンはいいえ、と言って笑った。
「キリク先生、お辛かったんですね…」
その瞬間に心がざわついた。偽善だと言うのではない。自分のような存在がちっぽけに見えたのだ。この少女は自分に騙されているという事を知らない。そしてただ清らかな目で自分を見つめ対等に扱ってくれる。途端に怖くなった。一歩も退けない身の上ながら、このままこの少女と生きたいとさえ思った。でもそれが叶わぬことくらい自分が一番分かっていた。
「キリク先生も落ち着くよう、竪琴でも弾きましょうか。」
何も知らないエリンが隣で言った。そして竪琴を奏ではじめた。それは美しく、澄んだ音色。
ああ、たまらなく苦しい。君ともっと早くに出逢っていれば。毒にこの手を染めるのを止めてくれていれば。そうすれば僕は気兼ねなくこの音色を聴くことが出来たのに。
溢れる水のように音が流れてキリクを飲み込んだ。
(このまま沈めてくれれば、)
どんなにか幸せだろうと彼は思った。
醒めない夢を、夢見る(いつかその音に)
(潰されるまで)
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リッタ