*夏目/漱石ですよ!
*先生⇒倉澤草吉
*K⇒川村圭一
*お嬢さん⇒静
*主人公視点(私)←名前は出ません

*という設定ですので注意。

ちなみに先生死んでません。マジ勘弁!と言う方は今のうちに逃げてください。読んでからの苦情は受け付けませんよ(^^;)


















「ああ、あなた、」
「し、ず…?」

私は先生の望みを受け入れませんでした。手紙がついてすぐ彼の家にゆき、彼を見つけ出したのです。運良く帰途の途中だった奥さんがちょうどやって来ました。
先生は睡眠薬をたくさん飲んでいましたが、私が根気よく背中を叩いてやると無意識に咳き込みながら薬を吐き出しました。私が先生に構っている間、奥さんは私に宛てられた遺書に一通り目を遠し、涙を浮かべて先生が落ち着くのを見守っていました。三刻ほど経ってようやく落ち着いた先生に奥さんが声を掛けてやると先生はうわ言のように「静、静」と呟きました。奥さんが水を取りにゆこうと立ち上がると袖を掴んで「ゆくな」と消えそうな声で言いました。代わりに私が水を取りにゆくと、すまなさそうに目を下げて私に礼を言いました。

「実を言うと私は全て知っておりました。」
先生の手を握ったまま奥さんはぽつりと呟きました。先生は「何をだ」と聞きました。奥さんが言うには先生の様子がおかしいから嫌な予感がして市ヶ谷の叔母に頼み込んで早く帰って来たのだと正直に言いました。それからこうも言いました。

「圭一さんが死んでしまった訳も、存じております。」

先生も私もその場に凍りつきました。奥さんはこの遺書を読む前から知っていたのです。先生の考えたことも、圭一という人の想いも全て。それから奥さんは私も先生もそして多分亡くなった彼女の母親さえも知らない話をはっきりとした口調で話はじめました。


 母に草吉さんからの話を聞いてから暫く経った晩でした。たしかあれは金曜日であったと記憶しています。圭一さんは私の部屋を訪ねて来ました。彼はただ私の部屋の襖をあけて敷居を越えた直ぐのところに座ると手をついて頭を深くさげました。それから 「おめでとうございます」と低い声で静かに言いました。圭一さんはもうすでに母から訊いてその話を知っていたのでしょう。

「私は草吉と違って金がありません。世話になった彼奴になにができるかと考えました。」

圭一さんは一度顔を上げてまっすぐ私を見ました。月明かりに照らされた瞳は澄んで見えてそれはそれは綺麗でした。何より元来彼にあったはずの重々しい雰囲気は不思議とかけらも感じられなかったのです。


「実を言うと私はお嬢さんの事を好きでした。しかしだからどうということではありません。私は貴女に気持ちを言う資格の無い人間です。ただ、私が人間として生きた証しとして伝えたかっただけなのです。」

更に圭一さんは続けました。彼はあまり話をするタイプではなかったので私は少し驚きました。

「彼奴は私が気付くよりずっと前からお嬢さんの事を好きだったに違いありません。だから彼奴とは幸せになって欲しいのです」
「私は彼奴に非道い事を言いました。今では深く反省しています。私はもう取り返しがつきません。しかし彼奴はそうではない。」

彼はそう言ってもう一度深く畳に額を付けました。そして「彼奴を頼みます」と言いました。私は彼の言う「取り返しがつかない」の意味がなんとなく解りました。だから彼に馬鹿な真似は止めてくださいと言ったのです。

「私はもともと救いようのない馬鹿でした。しかしそれを彼奴の所為にする積もりは無いのです。」

「彼奴がもし其れを自分の所為だと言ったなら、それじゃあ向上してみろと言ってください。」

私は彼の覚悟が私などには到底止めることのできない所まで来ているのだと悟りました。彼は其のときにはもう死ぬ積もりだったのです。そしてこんな自分にできることは彼奴を生かすことぐらいしか無いと言いました。

「生きてさえいればそれはもう向上しているということなのです。」

私が圭一さんの言葉を聞いたのはこれが最後でした。私が「圭一さん」と呼ぶと微かに目元を赤く染めて止してくれとでも言うように私を見ました。最期まで彼奴を頼むとしか彼は言いませんでした。「彼奴を、草吉を頼む」と。


 奥さんが話を終えると彼女の薄くびいどろのような瞳にはうっすらと涙が光っていました。先生は布団の端を強く握ってうつ向いていました。

「今まで黙っていたことは謝ります。しかしこれは"私と圭一さんとの"約束だったのです。」

奥さんは前に私には何が先生をこんな風にしてしまったのか分からないと言っていました。あの雑司ヶ谷の墓に眠る人が原因だろうと言って、其れ以上は解らないと言いました。しかしそれは嘘だったのです。そしてそれは彼女の固い決心に護られた言ってはならない圭一という人からの遺言だったのです。

「圭一が、そんなことを…」
「はい」
「じゃあ御前は最初から全て知っていたのか、」
「はい」

先生はそうか、と言ったきり黙ってしまいました。暫くして小さく「私は仕合わせ者だ」と言いました。奥さんはとうとう涙をぼろぼろ溢して泣きはじめました。あとからあとから落ちる涙はそれはそれは綺麗でした。先生はそっと奥さんの背中を撫でて「辛い思いをさせたな」と言いました。奥さんは今まで全てを知らないふりをして生きてきたのでした。先生はそれがどれだけ辛い事だったのかを解っているようでした。私は何故か二人を見ているうちに不思議な気持ちになりました。彼等はもはや生きている人間では有りませんでした。彼等はまるで絵かなにかのようにそこに居ました。其れ程までに美しかったのです。

 次の日に先生と奥さんは雑司ヶ谷の墓に出かけて行きました。私も来てくれと言われて初めて其処に訪れました。圭一と言う人の墓はただそこに静かにありました。大きい墓ではないものの何故だかとても立派な墓でした。先生は墓の前に膝をついて座り、ありがとうと言いました。私と奥さんはただそれをじっと眺めていました。きっと圭一という人は喜んでいるに違いありませんでした。

 それから一年が経ちました。私は念願だった朝日新聞社に就職が決まりました。母も大変喜んでいました。
先生はというと、二人の間には可愛い子供が二人も出来ていました。先生にも奥さんにも良く似たそれはそれは可愛らしい子供でした。先生は子供ができないのは天罰だといつか言っていたのを思い出して私は密かに笑いました。

"今年の夏はこちらにいらしてください"と奥さんの綺麗な字で書かれた手紙をもって私は列車に乗りました。





おわり。

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120%自己満足です






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