多分心の何処かでは分かっていた。
千弥はちやではない。確かに生まれ変わった魂はちやであったけど千弥は他の人間だった。僕が愛した、僕を愛してくれたちやではない。


ずっと柳の池の水底でちやを待っていた。ちやが戻ってきてまた僕と死んでくれるのを待ち望んでいたのだ。ちやはきっと帰ってくる。僕の所へ帰ってくる。いったいどれだけ長い月日を経たのか分からない。そして僕は千弥に出会った。

最初は千弥に会えて嬉しくて、仕方がなかった。でもすぐに知った。千弥はちやではないと。だけど顔を見る度僕を置いていった憎さと、それでも愛していた想いとが大きくなって、他の人間だというのをひたすらに押し込んだ。僕は千弥と逝くんだ。


「逝こう、愛してる」


「水の底でずっとおまえだけを想っていたよ……おいで」

水の中に引き込んでしまえば良いはずだった。それなのに千弥の涙を見てはっとした。また、こうして僕は千弥を泣かすのか?愛し続けて来たのに僕は君の笑顔をまた奪う。


「言ったはずだ、見飽きていると」



「仕方ないな。今日だけだぞ」

千弥と僕とを繋いでいたものをそっと解いてその唇に口付けた。

その瞬間、溢れる笑顔。


冷たくて止まってしまった心臓がことりと音を立てた気がした。

そうか、千弥。僕が出来なかった事が他の男には出来るんだね。君は僕がいなくても笑えるんだね。こんなにも綺麗に僕の心を彩るように……


もう良いんだね
……僕が愛さなくとも。



「ありがとう、千弥」

もう寂しくないよ。暗く長い向こうへの道もその笑顔を持って行くから。もう満足だ。向こうで幸せそうなちやを見るのも悪くない。

さよなら…千弥。




ありがとう



(泡沫に消える)

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『しのびごと』より葛さんでした。
まだコミックスに載ってすらいないのでご存知の方は少ないと思いますが…すごくいいお話です。



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