最初はただ、研究の上でのライバルだったのだ、彼女は。
プライドが高くて負けず嫌いでお嬢様で、だけど研究への熱意は人一倍強くて、笑顔が可愛くて、真っ赤な髪と同じくらい真っ赤な頬が愛しくて、数えるうちに好きの方が多くなっていた。だけどそれも今年で終わり。
春になったら彼女は研究を辞めて親の決めた男と一緒になるのだ。彼女と他愛も無い話をしたり研究結果を競ったりすることはもうできなくなる。こんな風に会えなくなる。
(オレの知らない男のものになる)
だからオレは研究に研究を重ねて不冬眠薬を作った。研究の決着なんて言い訳だ、春になる前につけたい決着は他にある。もっとずっと大切なこと…
忘年会で彼女の飲み物にその薬を盛ったとき、この気持ちが届いてしまえばいいと思った。毒のようにじんわりと彼女の身体に染み込んで心臓に届けば良いと、
「キルスティ…後悔してますか?」
「…え?」
「俺と一緒に起きている事を」
「何故今更、」
今この世界にはオレと彼女の二人きり。油断をすれば眠ってしまうかもしれない中でたった二人で春を待っている。彼女の親を説き伏せる方法は行き詰まってて、外の雪のように不安が降り積もっている。
「少し…外の空気を吸ってきます」
「ええ」
キルスティに背を向けて温室から出た。しんしんと雪だけがふる銀世界。頼むからもう少しふっていてくれよ、オレと彼女が一緒に居るための方法が見つかるまで…
突然くらりと睡魔に襲われた。思わず雪の上に膝を付き、頭を抱える。不味い、薬が切れるのか。でも立ち上がれない。
(…もしもオレが今、眠ってしまったら)
この銀世界に彼女をひとりにするのか?たったひとり春が来るのを怯えて待つのか、キルスティは。
(キルスティ、)
(嫌だ。君をひとりにしたくないんだ)
「キ…」
「またこんなところで冬眠しかけて、本当に頭が良いの?トゥーリ」
「あ……」
赤い花が、咲いているみたいだった。それは博識なオレが見たこともないほど美しい、花。
「薬ですよ」
「…今度は口移ししてくれないんですか?」
「ばっ…バカね!」
彼女の頬が花の色に染まる。
ああ、綺麗だ。こんな花が咲くのなら、
春が来るのも悪くない。
(君と春を待つ)
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kakoさまへ!
草川作品との事でしたので『八潮と三雲』の1巻収録の短編『彼と彼女の不冬眠』よりトゥーリとキルスティを書いてみました。せっかくのリクエストだったのでマイナーに走ってみましたが…あの…分からなかったらごめんなさい。
リクエストありがとうございました!