ツエリサ
私にも出来た。そればかりで頭がいっぱいだった。発煙筒を擦った時、怖くて手が震えたけれど、思ったよりもずっと上手く行った。あとはこのロッカーを開けるだけ。あの秘密基地に戻ったら、きっとツエルブが私にお疲れと言ってくれる。ナインも、ほんの少し見直してくれるかもしれない。私はあの場所に居ることを許されるかもしれない。嬉しくて少しだけ心が浮ついていた。背中に拳銃を突き付けられるまでは。
低い声で脅されて、冷や汗がどっと出た。怖くて声も出なかった。罰が当たったんだと思った。悪い事をしたからじゃない。簡単に、仲間になれると思ったからだ。
何度眠りに落ちてもあの時の夢を見る。冷たい銃口に、これが遊びじゃないんだと思い知らされて殺されるんだと思った。眠りそうになるとすぐ背後から低い声がした。
「…ーっは!!、はあ…はあ…っ」
汗が張り付いて気持ちが悪い。でもきっとナインもツエルブも疲れているだろうからうるさくするわけにはいかなかった。仕方なく、寝所として与えられたソファの上でぼんやりとガラスの外を眺めていた。もう昨日までの私とは違う。後には退けないのだ。やっとその恐ろしさを理解出来て来た。
「リサ?」
背後から声がして身体が凍り付いた。でもこの声はあの低くて恐ろしい声ではない。暖かい、真夏の太陽みたいな優しい声。ゆっくり振り返ると、その顔は泣きそうに曇っていた。
「起こしちゃったかな…ごめん」
「いや、それは良いんだ…」
ツエルブは私の反対側に腰を下ろした。Tシャツの端から見える鎖骨ははっきりと浮き立っていて彼が男の人なのだと思う。
「巻き込んで…ごめんね、あんな目に合わせて…怖かっただろ」
「…え」
まさか謝られるとは思わなかった。私が無理やり仲間になりたいと言ったから、二人には迷惑をかけていると思っていた。ツエルブは眉を下げて項垂れている。栗色の髪のつむじが少しだけ見えた。私はそっと手を伸ばしてその柔らかい髪に触れた。ふわふわと気持ちがいい。
「私こそ…役に立てなかった…助けてくれたのはツエルブだよ」
「でも」
「ありがとう」
こんな風に、笑ったのはいつぶりだろう。ツエルブは目を丸くして私を見つめていた。そうして思い立ったように立ち上がって私のソファの方にやって来た。ぐい、と見た目よりずっと逞しい腕に抱き寄せられる。Tシャツ越しに触れる肌が暖かかった。私はこの体温を知っている。何度も私を抱きとめてくれた熱だから。心地よくて、安心する。
「汗…かいたから、臭いかもよ」
「平気」
「……」
「リサ」
「…?」
「ごめんね」
ツエルブはどうして謝るんだろう。真意を確認する前に瞼が重くなって来た。あんなに怖かったのに、不思議と眠りに落ちて行くのが怖くなかった。大丈夫、もう怖くない。飛び込んだ先には彼がいるから。手を大きく広げて待っていてくれるから。
「…寝たのか」
「うん」
「ツエルブ」
「…分かってるよ。このままリサを受け入れたら弱くなる。分かってるけど、でも…」
「でも、もうリサを置いて行けないよ」
ナインは大きく息を吐いた。部屋の中にはリサの寝息だけが聞こえている。窓の外は秋の雨がしとしとと降り始めていた。
(あなたのための救世主)