堀鹿


ぱたぱたと、焼けるほどに熱いアスファルトに涙が落ちていく。多分私は気付いてはいけなかった、この気持ちに。もう随分小さくなってしまった先輩の背中は、何だか怒っているように見える。私はそれを見ていられなくて目を伏せた。

堀先輩は優しい。それを多分私が一番知っている。そうありたい、と思い始めたのはいつからだったろうか。最初から先輩の一番可愛い後輩で居たかった。でも今は少しだけ違う。先輩の一番で居たい。今だって女の子は好きだし、ちやほやされるのも、王子の役をやるのも好きだ。だけど、それじゃあ先輩の一番になれないと気付いてしまった。このまま高校生活を過ごしたとしても卒業して、それからずっと先まで一緒に居られるわけじゃない。いつか先輩には”一番愛する人”が出来て、私は一番じゃなくなってしまう。そうしたら、私はどうすれば良いんだろう。
「堀先輩」
「ん?」
放課後遅くまで残っているのにまだ空は明るい。部室の中はサウナのように暑くて、さっき買って来たパックのジュースはもう生温くなっている。名前を呼ぶと先輩はこちらを向いた。ガッチリとした太い首筋に汗が伝う。私よりちっちゃくて可愛いのにきちんと男なんだと思う。いつの間にか見とれていた私を先輩は怪訝そうに睨む。
「おい、どうした鹿島熱中症か?」
確かに少しぼーっとしているけど、多分これは熱中症じゃない。上手く誤魔化せなくてぱくぱくと口を開けたり閉じたりしていると、先輩が作業をやめて立ち上がった。
「鹿島?」
いつだって変わらないトーン。朝挨拶する時も、昼間呼び出される時も、放課後怒られる時だって、「手に負えない後輩」のトーンで名前を呼ばれる。
「せん…ぱい」
返した私の声は違う。ただの先輩に対する声じゃない。変な、甘ったるい声。それを不思議に思ったのか、先輩は私の前まで歩いてきた。
「やっぱり熱中症じゃねーか?顔赤いし、ちゃんと水飲んでんのか」
「え、は、はい。ちゃんと、ジュース…」
そういってパックを掴んだつもりが、落とした。紙がへこんでストローからジュースが零れる。衣装につきそうになって慌てて退かした。先輩は呆れ顔をしている。
「具合悪いなら帰れ」
「えっでも」
「もういい、明日やろう」
「いや…です。最後まで…」
「良いから」
怒ってる。本能的にそう思った。根底では私はまだ先輩に従順な後輩だから、こうやって本気で怒られるのは嫌いなんだ。飼い主に怒られた犬みたいに身体が縮こまる。それに気付いたのか気付かないのか、先輩は荷物を持って立ち上がった。
「送ってくから、帰るぞ」

先輩の3歩くらい後ろをのたのたと歩いている。暑くて、頭が湧きそうだ。何を考えるのも億劫で、ただぐるぐると先輩の後ろ姿が回っている。これは夢なんじゃないだろうか。記憶まで曖昧になっていて、知らないうちに口走っていた。
「先輩、すきです」
「…は?」
険しい顔をして先輩が振り向く。もう止められなかった。
「好きです、ただの先輩と後輩じゃなくて、恋愛感情とかの、好きです」
灰色のアスファルトに涙が落ちて色が濃く変わっている。何故だか私は泣いていた。はっと顔を上げると先輩は先に歩いて行ってしまっている。多分、ふられたんだ、失恋ってやつだ。そう思ったらもっと涙が出た。ただでさえ暑いのに、干からびてしまいそうだった。
「鹿島ぁ!!」
突然呼ばれた。顔を上げると涙が顔に垂れる。
「泣くな!俺も、好きだ!」
遠くからなのによく響く良い声。ああ、私は舞台の上で輝く先輩が好きだった。憧れて、演劇部に入ったんだ。
「ただの後輩に見えないから!困ってたとこだ、馬鹿!」
走って戻って来た先輩の手には冷たいジュースが握られていて、その腕を私の首の後ろに回されてがしりと強く抱き締められた。首がひやりと冷たい。
「泣くんじゃねえ、これ以上水が無くなったら本当倒れるぞ」
「そうしたら先輩、私のこと抱えて連れてってくれるでしょ」
「馬鹿いうな、俺が死ぬ」
「あーもう、暑い、汗くさい!」
「そりゃ、悪かったな」
「違います、私がです」
そう言ったら先輩はニッと笑ってもう一度強く私を抱きしめた。逞しい腕が熱い。溶けそうだ、溶けても良いか。私は今溶けてしまいそうなほど幸せだ。

(うつくしい恋の酸)



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