部活の様子は全く普段通りだった。鹿島の周りに女の子達が集まり、辺りがざわつき出す。俺はやれやれと鹿島の世話に追われ、部員たちもいつものことと呆れ出す。本当にいつも通りだ。鹿島を追って舞台から飛び降りたり椅子に突っ込みそうになったり。だから油断していた。大きなセットの前で鹿島に一発蹴りを入れてやろうとした瞬間、狙いがズレた。鹿島はひらりと攻撃を避けて行った。危ないと思った時には俺はバランスを崩し、上からセットが倒れ込んで来ていた。逃げる暇も無かったから目を閉じて衝撃に備えていたのに、それはやって来なかった。代わりに俺を包む柔らかな熱と、皮膚の感触だけがあった。
女子部員のけたたましい悲鳴が響く。大丈夫か、と心配する声がかけられた。その辺りでやっと俺は目を開けて状況を理解した。

鹿島が俺を庇ってセットの下敷きになっていた。

頭から一筋綺麗な顔に血が伝っている。俺は頭が真っ白になってただ鹿島の名前を必死に呼んだ。俺にのしかかっている鹿島は傷だらけの顔を上げてキメ顔で言った。

「先輩、怪我ないですか?」

鹿島の身体は大きい。でも流石に男女の違いがあるから、俺でも持ち上げることができた。鹿島を抱えて足早に保健室に向かう。前に一度不本意ながらもこいつに抱えられて保健室に連れて来られた事があった。俺のことをあんなに軽々と持ち上げて。すらっと伸びた手足と大きな身体はこんなにも軽いのに。

しばらくして、念のため病院で検査を受ける事になった。俺はそれに付き添った。閉じられた長いまつげはもう二度と開かないんじゃないかと思われた。これじゃまるで眠りの森の王子だ。俺がキスしたってきっと目覚めない。そう思ったら無性に泣きたくなった。
病室で眠っている鹿島の横で俺は目覚めるのを待った。俺の好きな顔に傷を付けたのは紛れもなく俺だった。そう思うと苦しくなって、また少しだけ嬉しくも思えた。俺は多分思っている以上に鹿島を好きなのだろう。鹿島に助けられたショックと嬉しさとが混ざり合って頭がぼうっとした。唐突に気を失う直前に鹿島が言ったことを思い出した。まるで演劇の一幕みたいに完璧だった。完全にヒーローだった。俺が演じることの出来ない、完璧な。

「バ鹿島……俺の心配なんて、してんじゃねえ…!」

本当は羨ましい。鹿島みたいに自由に完璧に演じたかった。俺だってヒーローになりたかった。でも無理だったから、諦めた。俺は鹿島みたいになりたかったんだ。あんな風に助けられて、立場がないじゃないか。

「起きろよ、鹿島」

そっと触れた唇は男のものとは違って柔らかかった。それでも硬く閉じられた瞼はピクリとも動かない。きっと俺にはこいつを起こす資格がない。思わず深いため息をついた。


(どうにもならないお願いだ)






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -