ひらりと帽子が飛んだ。
眼鏡の端にそれが映って、望はぱっと手を伸ばした。数メートル足りずに横断歩道に落ちてしまったそれを拾い上げ、振り返ろうとした瞬間、彼女は命を奪われた。

「…先生…、絶望先生!」
「うわっ…!…ああ、貴女ですか…」

望が目を開けるとそこには可符香が立っていた。望が拾い上げた帽子をちょこんと頭にのせ、白いワンピースを着ている。愛しき女性の姿に望はふにゃりと顔を歪めた。

「風浦さん」
「何ですか、先生」
「貴女、私を恨んで居ますか?」
「…何故です?」
「だって…貴女は私のせいで」
「先生のせいじゃ、ありません」
「しかし…」
「先生は、私と契りを結んでくれたじゃないですか。それだけで私、幸せでした」

自分は彼女を愛していた。愛していたし、愛する責任があった。望の記憶にあびるや、霧や、千里、まとい…と、たくさんの生徒たちの顔が鮮やかに蘇って行く。ある時は彼女の角膜が、またある時は肺が、心臓が、血液が、声帯が、自分を愛してくれた。可符香は彼女の身体全体で片時も休むことなく望を愛していたのだ。それに応えるだけの義務が望にはあった。

「とっくに答えは出ていましたね」
「それは…もう…。最初から決まっていましたから」
「私のした事は間違っていたでしょうか?」
「いいえ、貴女は立派な志を持つ…素晴らしい女性です。そんな方を愛することができて、そして私を愛してくれることは私の誇りです」

可符香は目を伏せて笑った。望も一緒に笑った。どうしたって二人が同じところで生きることはできない。けれど二人は幸せだった。望はその生涯をかけて可符香を愛することが出来るし、可符香もその身体の一片が残る限り望を愛することが出来た。誰が何と言おうと、これまでもこれからもそれは変わらない。

「風浦さん」
「はい?」
「愛していますよ」
「私もです」




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