普段ならばこんなヘマはしないだろう。そう思うたびあの悪魔の落胤が憎らしく、アーサーはどすどすと乱暴に廊下を歩いた。白く伸びる廊下の先の一室にシュラは寝ている。先日の任務で無茶をした燐を庇って悪魔の攻撃を受けたのだ。自分ならば斬って捨てているだろうに、あれの事になるとシュラは甘い。上から下まで白い團服を纏ったままのアーサーはそんな事を考えながらも先を急いだ。
病室を開けるとそこにシュラが寝ていた。髪をほどいているせいか少し違って見える。白いシーツに眩しいほど赤が映えていた。シュラは長いまつ毛を伏せたままでこうしていると死んでいるようだった。口を開けば怠そうな口調で文句ばかり言っているせいだろう。
「シュラ」
答えるはずがないと分かっていて話し掛ける。悪魔に切られた傷から毒が身体に入っているため、高熱が出るようだが、時間が経てば治るらしい。そう分かっていても見舞いに来てしまった。アーサーはシュラの横に座って彼女を見下ろしていた。時折辛そうに眉を寄せるシュラの表情に目が離せず、結局アーサーは日がくれてもシュラの横に座っていた。職務が無いわけではないが、自分がでて闘わなくてはならない程の緊急事態ではない。誰にとがめられる事もなくただ座っていた。
夜になった頃、シュラが小さな呻き声を上げた。手を組んで目を閉じていたアーサーはぱっと目を開いて彼女の様子をうかがった。
「シュラ?」
「うう…」
「どうした?」
「あつ、い…」
ハッとして頬に手をあてると触って分かる程にシュラの身体は熱かった。夕方に来た医工騎士が熱が高くなるが、薬は打ってあるから大丈夫だと言っていた。熱が高くなるというのはこれなのだろうと思ったが、シュラは苦しそうに呻いている。
「大丈夫か、シュラ」
「ん…あ、ハ…ゲ…?」
「はは、こんな時までハゲか」
「あつい…」
暑さを紛らわそうとしてか、シュラは懸命に身体を動かそうとしている。アーサーは側におかれていた水を見つけると「飲むか」と聞いた。シュラは消えそうな声で「のむ」と返して来た。コップに水を入れたものの、寝たままでは零れてしまう。アーサーは腕を彼女の首の後ろに通してゆっくりと身体を起こした。ぐったりとした身体はやはり熱く、依然シュラは苦しそうだ。
「飲めるか?」
「…ん…」
「こらこら、零れるだろうが」
「んん…」
「仕方ない」
シュラは嫌がるだろうが、アーサーは片腕でシュラを支え、水を口に含んで口移しで彼女に与えた。
「げほ…っ」
「飲めたか?」
「ん…、もっと…」
「分かった」
起きた頃「セクハラ上司」とか呼ばれるんじゃないだろうな、と思いながらももう一度シュラに水を飲ませてやる。今度は満足そうな顔をしていた。
しかしそれもつかの間、しばらくするとまた苦しそうに息をし出した。はあはあと呼吸は荒く、身体をよじっている。熱くて仕方ないのか、ばたばたと寝返りをうっている。
「シュラ、危ないぞ」
「…んん、なに…?」
「…落ちるから暴れるな」
「あつい…っ」
手負いの獣の如くうう、と唸ってはベッドをのたうち回るシュラはまるで悪魔のようだったが、不思議とアーサーの中に嫌悪感はなかった。落ちないようベッドに座ってシュラを押さえつけると、彼女は潤んだ瞳でアーサーを睨み付けた。
「シュラ」
「…ん、」
シュラがこんな風になってでもあの悪魔の仔を守ろうとするとは思わなかった。それがあの藤本獅郎の影響なのかなんなのかは分からない。けれどそれが彼女をこんなにも突き動かしている。そしてまさか自分が部下の一人にこうも執着するとも思わなかったのだ。
「しろう…?」
アーサーはシュラの背中の後ろに手を入れるとそのまま身体を起こして自分の腕に抱いた。シュラの身体は燃えるように熱かったが、それでも余りの小さに驚いた。彼女はこんなに小さかっただろうか。藤本なら、彼女がこんな風にならないよう守ってやれたのだろうか。
「…すまない、シュラ」
「…アーサ…ぁ?」
「ああ」
「テメ、仕事、は…いーのか…よっ」
「いい」
そう答えるとシュラは力を抜いてアーサーに身体を預けた。アーサーはシュラの身体を支えながら、こうしていればいつか一部でもシュラが自分のものになってくれないかと思った。そうしてアーサーは空が明るくなるまでシュラに付き添っていた。しかし早寝早起きを信条としている彼は、朝になる頃には耐えられずに眠ってしまった。
「おい、起きろ…起きろハゲ!」
「うわっ!?」
頭を叩かれてアーサーは飛び起きた。まだ本調子では無さそうだが、これだけ叫ぶ元気が出たなら回復も早いだろう。昨日の弱ったシュラを思い出してやはりこちらの方が良いな、とアーサーは考える。
例え自分のものにならなくとも、元気で、少し荒っぽい方が良い。そう思いながらアーサーはゆっくり目を閉じた。
(うつくしい恋の酸)
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良くも悪くも純粋培養。
title:ごめんねママ