姉ちゃんは尾ビレが欲しいと言った。だけど俺は藤の椅子を崩して脚を作った。姉ちゃんがどっかに行ってしまわないように、だ。
あの人は、本当に、考えてもみないことをする。大丈夫と言いながら目玉が飛び出るようなことをしていた。多分それは俺の所為なのだけど。根気良く訓練して、少しずつ歩けるようになった姉ちゃんは文句を言わなくなった。それから俺は姉ちゃんの誕生日に麻のカーテンで白いワンピースを作ってあげた。姉ちゃんはひどく喜んでくれた。海の映る姿は魚みたいで、夕焼けの映る姿は花みたいだった。姉ちゃんは本当に、綺麗だった。
時々同僚が訪ねてきて「元気ですか」と言った。玄関(と言ってもそれは屋上だった)で出迎えては「元気ですよ」と返した。姉ちゃんはあまり顔を見せたがらなかった。この姿が恥ずかしいんだと言った。

「帰ったか」
「帰った」
「いつも…悪いな」

俺は姉ちゃんに貝殻でイヤリングを作った。これじゃあ共食いみたいだなと姉ちゃんは笑った。

ある夜、ふと目覚めると姉ちゃんのベットは空っぽで俺は思わず起き上がった。時計は1時を差している。屋上に行くと黒い海の真ん中に白い人影があった。姉ちゃん!と反射的に叫んだ。

「私は満点か」
「え」
「……お前の作ってくれたワンピースとイヤリングをあいつらに見せてやりたいな」
「姉ちゃん」

姉ちゃんは振り返った。
両の眼は姉ちゃんの姿を捕らえて放さない。俺の所為だ、俺が姉ちゃんをこんなにした。眼のせいじゃない。俺が姉ちゃんを姉として見れなくなった所為だ。

「ずっと俺の姉ちゃんで居てくれるよな」
「え?」
「俺は、魚にはなれないよ」

姉ちゃんの眼から涙が落ちた。一筋頬を流れて白いコンクリートに染みた。深く、深くなってしまった海は姉ちゃんの後ろでごお、と鳴く。俺は姉ちゃんに手を伸ばした。

「カメラ取ってくる」
「……」

「姉ちゃんは綺麗だよ」

ぽろりと鱗みたいに涙が落ちる。
例え姉ちゃんが魚になったって俺は弟で居る自信があるけれど、でも、遠くに行ってしまったら困るから意地悪を言った。鱗を拭って手のひらにのせたらそれは月の光にきらきらと輝いた。

多分この先いつになっても、満点取れるのは姉ちゃんしかいないんだろうな。


(シーラカンスと屋上)

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市川春子さんの作品が大好きで、たまらないので。需要が無いのは承知の上でした。姉弟なのだけど不安定な、2人の関係が好きです。

title:ごめんねママ


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