久しぶりにお酒を頂いた夜でした。夫は先に寝床について居ましたので、私は夫の横に引かれた布団にそろりと入り、掛布団を口の辺りまで引き上げました。お酒のせいか妙に目が冴えて仕方がありません。目を閉じても辺りが明るく感じるのです。隣の布団からは夫の寝息は聞こえず、ひどく静かな夜でした。私はずっと夫に言われたことに頭を巡らせておりました。私たち夫婦に子どもが出来ないのは天罰であると、夫は高らかに言いました。夫が言うように天罰を食らうような事を私はしたのでしょうか。考えても神様を怒らすような事をしでかしたとは思えないのです。何か悪いところがあるのなら直したいと申すのですが、夫は取り合ってくれません。私はただ、苦しいばかりでした。私はぼんやりと天井を眺めたまま涙を流して居りました。すると横から「静」という声が聞こえてくるではないですか。夫を起こしてしまったのかと私はちいさな声で謝りました。夫は「いや」とだけ言うとゆっくり布団から起き上がりました。

「お前は悪くない、悪いのは私の方だ」
「あなたはそればかりではないですか、私が悪くないのならなぜあんな事を言うのです」

夫は暫く覚束ない眼で此方を見下ろして居ましたが、突然のしりと私の上に覆い被さりました。夫の肌が外の光に照らされて青白く光って見えます。私の腕の上に乗せられた夫の手は妙に冷たく、私は思わず息をもらしました。夫は私の顔の横に額を押し付け絞り出すような声で「すまない」と云いました。それから私の唇に夫のそれを重ね、離してまた重ねました。夫は額に汗をかいてひどく苦しそうな顔をしていました。布団越しに伝わる体温がほんの少しだけ感じられました。夫がまったく私を愛していないのかと言えばそんなことは無いと思っています。夫は私を大切に思ってくれているでしょう。しかし、私はどうしても夫の中に踏み込めないのです。夫が抱えている大きな何かを知ることは出来ないのです。そしてそれはきっと私には死ぬまで知り得ない事だとも思うのです。私はやはり苦しくなりました。夫は敷布を強く握り締めていました。私はまた上を向いたまま涙を流しました。涙はこめかみのあたりを通って髪に染みてゆきました。

「静、静」
「静、泣くな」

Kさんが亡くなった時、母が死んだ時、どちらも私は落涙したでしょうが、今日は何故だか始めて泣いたようなそんな心持ちでした。夫はただ泣くなと私の名前を呼び続けています。

「先生」
「その呼び方は止してくれ、私は先生などと呼ばれるような人間ではない、ほうら、静、もう泣き止んでくれ」

夫は私に接吻をして、髪を撫でました。それでも私が涙を流しておりますと、夫は眉をきつく寄せて私の所為だ、と言いました。

「凡て私の所為だ。お前を苦しめるのも、子どもが出来ぬのも。それだからお前が泣くんじゃない。お前は悪くない」
「すまない」

私は泣くのをやめました。細い身体の夫があんまり惨めで哀しかったのです。夫がゆっくりと私の額に触れました。そっと目を閉じると緩やかな眠りに飲み込まれてしまいました。きっと夫は訳を話してくれないでしょう。私の事など信じて呉れていないのでしょう。けれど最期まで私を愛して下さるのでしょう。


(恋のよろこびを、ふしあわせを)
-----------------------------
嫌いだけど好きで、信じてないけど信じ切ってる、奥の深い作品です。

title:ごめんねママ


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -