キミは有能な式らしいですね、是非私の所に来てみませんか?
妖である自分にさえ、その男は不気味に感じられた。何故私の居場所が分かったのか、名取がいない時間にやって来たのか。それらは全て偶然ではないように思える。この男は狡猾で、人間のくせに妖のような男なのだ。振り切ろうとしたが易々と動きを封じられてしまった。男はにやりと妖しい笑みを浮かべる。空っぽの身体の中で吐き気がした。

「おや?私の所に来るのは嫌ですか?」

選択肢など最初から用意されていない。この男のやり方はいつだって力ずくなのだ。蜘蛛のような、男。名取が忌み嫌うのも頷ける。贔屓目に見ても名取の方がましな人間だ。

「嫌だと言うのなら構いません。力尽くで連れていくだけです。式と馴れ合う事など必要ないと私は思っていますからね」
「お前、本当に私を式にしたいと思ってるのか」
「はは、さあね?」

私が居なかったところで。笹後も瓜姫も居る。私に会うまで名取はあれでやってきたのだから大丈夫だ。どうせ私の名を呼んでくれないのだから……
ゆっくりと私は目を閉じた。

気が付くとどこか暗い民家の一室に居た。瘴気が妙に強い。普通の人間ならば1分と持たないだろう。足元に面が転がっている。顔を確認しようとしたが腕も足も拘束されていた。

「なるほど、キミはなかなか美しい妖なのだね」
「うるさい、面を返せ」
「しかもかなり人の形に近い」
「的場」
「それでも人とは違うのだよ?」

知っている。そんな事はとうの昔に知っている。腕から滴る血がぱたぱたと畳に落ちた。最初にあった時の名取はとても生意気で小さかった。今ではあんなに立派な大人になった。生意気なのは変わりないのだが。けれど私は、なにひとつとして変わらないじゃないか。なあ、名取。私はお前の元に帰りたいよ。助けに来て欲しいなどとは思わない。ただ、名前を呼んでくれたなら、飛んでゆくのに…

「柊!」

ぱあん、と障子が開け放たれた。強い瘴気が外に流れ出す。見慣れた帽子の名取が袖で口を覆いながら此方を睨んでいる。その瞳は的場を捉えて鋭くなった。

「おや、お出ましですか」
「名取!罠だ、逃げ…」
「うるさい!お前は黙っていろ、柊!」

ああそんな、哀しそうな顔をするな。お前が哀しいと私も哀しくなる。的場がじり、と一歩踏み出した。瞬間的に名取が私の短刀を拾って拘束を斬った。面を掴んで名取を抱えると私は障子を破って空の彼方へ飛び上がった。

「随分と信頼しあっているのか」

ぽつりと呟いた的場の言葉など耳に届くはずもなかった。

ごほごほと瘴気にむせる名取を抱えたまま森の中を走った。木々の間を通り抜ける風邪が直に顔に当たるのは久々だった。

「みっともないから降ろしなさい、柊。それにお前怪我をしてるじゃないか」
「……」
「柊?」
「もう少しだけ」

「もう少しだけだ、名取」

それ以上名取は何も聞かなかった。ただぎゅうと私の身体を抱き寄せた。式に感情など要らない。そんな事は分かっている。

「分かっているよ、名取」

だけどそれだけじゃどうにもならない事もあるじゃないか。こんな気持ちを人はなんと呼ぶのだろう。それはきっと私には一生分からないままなのだろうな。


(哀しみを降らすその瞳がどうか)

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title:彼女の為に泣いた




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