ぱきん、とまるで枯れた枝のように口紅が折れた。そのまま床に落ちて衝撃で歪んでしまった。ブリジットは白い床に落ちた紅い染みをしばらく見つめていたが、すぐにその欠片を拾い上げた。口紅などこの一本しか持ち合わせていない。勿体無い事をしてしまったと思う半面、妙に哀しみが込み上げてきて何故だか泣きそうになった。確かにそれは家を発つ前に母親に貰った物ではある。けれどその時の哀しみは口紅を失った物ではなかった。

「あれ、ブリジット」

司令室に入るとコムイに声をかけられた。はい、と軽く返事をすると彼はじっとブリジットの顔を覗き込んでくる。しばらく2人は見つめあっていたが結局コムイは何も口にはせずに自分の席に戻って行った。
書類の山は前の数倍にも増えていた。ブリジットが起きて司令室に行くと必ずコムイの姿が有り、朝早くから働いているようだった。もしかしたら寝てさえいないのかもしれない。それでも誰も意などとなえず、それが当然のようになっていた。

「室長、コーヒーをおいれしますわ」
「ああ、ありがとう」

無理矢理作った笑顔はひどく痛々しかった。それを見ていたら例の哀しさがまた込み上げてきて、咄嗟にしかめ面をした。

それから何日かしてからだった。仕事の休憩時間にコムイが小さな箱をブリジットに手渡したのは。手のひらに収まる程度の細長い箱は丁寧にラッピングされてあり、赤いリボンがかけられていた。目を丸くして箱を見つめていたブリジットにコムイは開けて見て、と言う。言われるがままに彼女はリボンを解いた。

「あ、」

ブリジットの口から声が漏れる。中には上等な口紅が入っていた。コムイは少し心配そうにブリジットを見つめている。ブリジットは包装を開け、口紅を取り出すとくるくると回して1センチほど出すとゆっくり唇に塗った。それから上唇と下唇を合わせて色を慣らした。

「いかがです、室長」
「うん、よく似合ってる」

コムイは満足そうに笑った。それを見ていたブリジットはかつかつと歩み寄り背伸びしてコムイにキスをした。固まって居るコムイに向ってブリジットは言った。

「ご存知でしたか?男性が女性に口紅を贈るのは"少しずつとりもどしたい"という意味があるそうですよ?」


(カーテン裏でキスをしよう)

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title:すなお



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