23巻/番外編ネタ



机の上にチェス盤がぽつんと残されていた。めちゃくちゃな手で白が負けている。ブリジットはそれを見詰めて仕事の休みにチェス盤を部屋から持ち出した上司の後ろ姿を思い出した。彼は仕事や今の教団の状況で頭が一杯になっているはずなのに、一人一人の様子を少しも見逃さない。現にティモシーが沈んでいるといち早く気付いたのは彼だった。自分には出来そうもない彼なりの特技にブリジットはため息を吐いてチェスの駒を手に取った。1つ進めて、黒のポーンを取る。今頃ティモシーの"お願い"を聞き届けているであろうコムイの様子が容易に想像できた。
室長補佐として一番近くに居るはずなのに、自分が一番遠い気がする。後から来た自分ではこれ以上近づけないような気さえする。妹とも、馴染みの部下とも、アジア支部長とも強い絆が見てとれるというのに。

(私は所詮部外者、か)

チェス盤に顔を伏してブリジットは目を閉じた。子供にわざと負けてやるチェス、一体どんな気分なのだろう…―



「、…ブリジット……ブリジット?」

名前を呼ばれてブリジットは目を開けた。身を屈めたコムイが彼女を覗き込んでいた。ブリジットははっとして顔を上げる。するとコムイとの距離は近くなった。

「しっ、室長!」
「ああ、ごめんね。待っててくれたのかな。仕事に戻るから」
「…ええ」
「チェス盤持ってかなきゃ…」
「室長!」
「はい?」
「チェス、お手合わせ願えますか?」
「…え?」

突然変な事を言い出したと思われただろうか。ブリジットは慌ててコムイの表情を確認する。コムイは柔らかい笑顔で「うん、良いよ」と言った。

かた、と駒がひとつ動く。コムイは黒い駒を見詰めている。そしてぽつりと言った。

「チェスをやってると自分の事を見ている気になるんだ」
「え?」
「日本の将棋と違ってチェスは一度失った駒が帰ってこない。王さまみたいに守られてどんどん居なくなってく皆をただ見てるだけなんて、チェスそっくりだ」

がしゃん。
ブリジットはチェス盤を手で払った。ゲームは当然めちゃくちゃになってしまった。コムイは目を丸くしてブリジットを見ている。

「そんなこと、ありませんわ」
「………」
「室長、は、」
「ブリジット」
「…は、」
「君は優しいねえ」

眉を下げて哀しそうに笑うコムイはどこか中性的だった。細く白い指がそっとブリジットの頭を撫でる。今度はブリジットが驚く番だった。

「そろそろ行こうか」
「…はい」

「ありがとう、ブリジット」
「…っ、はい」

リーバーが支えると決めたように、ブリジットも彼を支えると固く決めた。弱く、優しい王さまを。


(生きていくこと)

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相変わらずコムイさんとブリジットがすき。

title:すなお



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