*緑川ゆき先生の短編「蛍火の杜へ」より、ギンと蛍のその後。




蛍と別れてもう何度目の夏だろう。下界を離れたここには四季なんてないけれど時折流れてくる風で夏が来たのだと知る。

蛍と離れている時間に耐えられなくなったあの夏から蛍の肌に触れた感触は忘れられない。蛍の白い肌も温かい体温も鮮明に覚えている。いつだって蛍を考える度あの夏に引き戻される。蛍はおれに「忘れないで」と言ったけれど、蛍はおれを覚えているんだろうか。おれはいつまでだって忘れられないのに。

「…蛍」

おれが消えたあと蛍は泣いていた。いつまでも消えないお面だけを抱いて。ああ、どうしてあれを蛍にあげてしまったんだろう。姿形も無くしてしまわなくちゃ蛍はまたああして泣くのだろうから。
蛍の幸せを願っているくせにおれは蛍に忘れて欲しくない。ずるい奴なんだ。やっぱりおれは完全な妖なんかじゃない。


ああ、蛍。もう一度会いたいよ
今度は何回飛び付いても殴ったりしないから
きっとこの手で抱き締めるから、
だから


忘れないでくれよ…




「ギン、」
「…え?」
「ギンなのね、貴方」

懐かしい声がした。片時も忘れなかったこの声。蛍、蛍だ。
見た目は随分違うけれど、見間違う筈がない。そうか、お前はたくさんの時間を生きたんだな。おれの知らない長い長い時間を。そしてそれを終えて来たんだな。


「…蛍!」

今度はもう消えないから、しっかりと抱き止めるから。だから二人で話をしよう。お前のいなかった間のおれの話を、お前の生きてきた時間の話を。


そうしておれは蛍を抱き締めた。



(ずっと、会いたかったよ)

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夏目はもちろんなんですが、緑川先生の短編が異常なまでに好きです。とくに蛍火は最上級…!マイナーですみません。
是非ドラマCD化してくれないだろうか…

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