ぼんやり浮かぶ視界と上手く動かない手足に嫌な予感を覚える。前にこれと同じような事があった。しかし今回は犯人も相当なやり手らしい。なんたってそいつが監禁場所に選んだのは僕が(学習塾跡なんかよりずっと)良く知る場所だったのだ。もう何度訪れたか分からない彼女の自宅、すなわち戦場ヶ原邸だ。やっぱりというかなんというか、確信犯の戦場ヶ原は僕の目の前に座っていた。下手に刺激して眼球にペン先を刺されるのは嫌なので(どんなプレイだ)、なるべく丁寧に戦場ヶ原に話しかけた。

「…なあ、戦場ヶ原…ひたぎさん」
「なあに、阿良々木くん」
「今回は一体…どういったご用件で?」
「刺されたいの?」
「ヒィッすみません!!」

…ほとんど意味が無かった。
戦場ヶ原ひたぎ…もといひたぎ様はまたもや俺の眼球に向けてシャーペンを突き付けている。まったく…いくら吸血鬼だとは言っても痛いんだぜ?

「神原とデートをしたときあの子に何か頼まれたそうじゃない」
「デート!?滅相もない!」
「それは良いのよ」
「良いのか…」
「あの子にはそれ相応の罰を受けてもらうわ」
「全然良くねえ!!」

真顔で、戦場ヶ原は言う。恐ろしい奴だ。それからさらりと「それはそうと」と話を移す。それがいつもの手法だった。僕の読みと寸分違わず戦場ヶ原は「それはそうと」と言った。

「迫られたら迷わず戦場ヶ原先輩を選んで欲しい、だなんて」
「…え、あ…それは…」
「いかにもあの子が阿良々木くんに言いそうな台詞だわ」
「…戦場ヶ原。神原は、」
「聞きたくないわ」

スッパリと。戦場ヶ原は僕の言葉を裁ち切った。そして僕の襟首を掴んでぎゅっと捻る。苦しくて意識が朦朧とした。あいつは…神原は、お前を思ってあんなことを言ったんだ。神原は誰よりも(もちろん僕よりも)お前を大事に思ってるんだ、だからそんな風に言ってしまうのは酷いじゃないか。


「後輩に頼まれなくては選んで貰えないなんて、そんな情けない女に成り下がったつもりはないのだから」

静かに、本当に静かに戦場ヶ原はそう言った。強い眼に圧倒されそうになって思わず瞬きをする。そうだ、戦場ヶ原は。僕が世界で一番愛している戦場ヶ原ひたぎはこういう女だった。
八九寺が初対面の人間に「あなたの事が嫌いです」と言う気持ちだってこいつが一番分かっていたはずだ。だってこいつは自分に関わろうとする人間に初対面だろうとなんだろうとホチキスをかました女なのだ。強くてしなやかで僕や他の人間なんかじゃ及びもしない。けれど本当はすごく弱くて変なときに弱気だったりする。そんないじらしくて愛しい、彼女。

「悪かったよ戦場ヶ原」
「………」
「でも、そうだな。僕だって神原に言われるより前から迷わすお前を選ぶつもりだよ」
「あらそう」
「ガハラさん…?」
「ならば良し。」

きりきりと縛られた手首が痛い。だけどそんな、戦場ヶ原の笑顔を見てしまったら痛みなんて吹っ飛んだ、なんて思う僕は随分情けない男に成り下がったもんだ。



(きみにならいいと思えた)

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ずっと書きたかったらぎひた。


title:すなお


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