「闇にとける」と同じ設定





「せんせい」

彼女はその村でたったひとりの郵便屋だった。幸せを運んでいた彼女の仕事は戦争が始まってがらりと変わってしまった。顔の見知った同級生に一体幾つの赤紙を届けたのか知れない。その度に泣き付かれ、責められ、憎まれた。それでも彼女は顔色ひとつ変えずに言うのだ。「おめでとうございます」「お国のために働いてきてください」、と。


「どうしました風浦さん」

学童疎開やら学徒出陣が始まって、今ではもう子供の居なくなった学校の宿直室に望は住んでいた。そこに可符香は転がり込んだのだ。広く静かな学校に望と可符香は二人きり。そこから可符香は毎日仕事に出掛けていた。


「いえ、なんでもありません」
「…風浦さん、ここ、どうしたんですか?」

額に傷がついて血が滲んでいた。望が触れようとすると、可符香はぱっと顔を背ける。聞かなくとも分かっていた。昼間赤紙を届けた時に石を投げられて出来た傷。可符香はもうこの村で死神などと呼ばれ、恐れられ、憎まれている。彼女に行き場所など無かった。そんな彼女をかつての恩師である望は受け入れた。

「この仕事を辞めるわけにはいかないのですか」
「…ええ」
「なぜ貴女ばかりが傷付かなくてはならないのです」
「きっとそういう運命なんですよ」
「…風浦さん」
「はい?」

望はひたすらに可符香を愛していた。例え彼女が受け入れてくれなかったとしても、だ。

「今日、久藤くんに赤紙を届けました」
「……そうですか」
「これで二のへ組全員ですよ」
「そうですね」

かつての同級生に赤紙を届けると言うのはどういう気分なのだろう。きっと辛く悲しいに決まっている。望は可符香を部屋に上げ、「寒かったでしょう」とこたつに導いた。

「いつになったら戦争は終わるのでしょうね」
「…なぜ?」
「そうしたら貴女はもう辛い思いをしなくて済む」
「でも別の誰かが悲しむ事になりますよ?」
「…あ」
「ふふ、先生はヱゴイストですねえ」

そうして可符香は笑う。いつもと寸分の狂いもなく、不自然な程に。望はそんな彼女を見てまた苦しくなる。自分は何処まで行っても彼女を救うことが出来ないのだと。

その朝、可符香は時間になっても宿直室を出なかった。望が不思議に思っていると、制服を着終えた可符香が不自然な笑顔で立っていた。

「おめでとうございます」
「お国のために働いて来てください、」


「先生」

可符香泣きそうな顔で真っ赤な紙を渡すのを見て、望は涙を流した。不思議と悲しいという気持ちは無かった。自分も可符香の為に戦えると思った。

「こんな戦力にならないような私でも兵隊さんにして頂けるんですね、お国のために働かせて頂けるんですね」

可符香は返事をしなかった。そして部屋に入り込んでしまった。もう赤紙を届ける宛は無かったのだ。望は赤紙を大切そうに折って袖に仕舞った。


夜、息苦しさに望は目覚めた。見れば可符香が自分の上にのし掛かって望の首をぎりぎり絞めている。「風浦さん」上擦った声で呼ぶと、可符香の手が緩んだ。

「…私は貴女を幸せにしたい。戦地に赴いて奮闘して戦争を終わらせられたらと思いました。けれど貴女がここで私を絞め殺したいと言うのでしたらそれでも構いません。私は幸せです」

完全に力を失った可符香を望は抱き締めた。可符香はいつまでも泣き続け、望はそれを慰めた。綺麗な月の夜だった。



望が戦地に赴いてから戦争はぴたりと止んだ。可符香は望の着物を洗濯し、宿直室を掃除して望の帰りを待ち続けていた。秋が終わり冬が過ぎ春が来た。それでも望は帰って来なかった。きっともう自分を責める人間は居ないだろうと思われたが、可符香は外に出ていくことが無かった。

「せんせい」

ふいに日が陰った。乾いた校庭に砂ぼこりが舞う。


「どうしました風浦さん」


可符香の戦争は終わりを告げた。



(終末を貴女に)

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個人的に書きたかったシリーズ第3弾。望カフたまらない。





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