「あ、ごめん多軌、俺ちょっと行かなきゃ。先に行っててくれ!」
「あ…うん!」

いつもみたいに、夏目くんを見送った。あの日、夏目くんに近付けたと思って私馬鹿みたいに喜んでた。でも、違った。あの日より夏目くんが遠い。妖が原因だって私は知ってるのに夏目くんはちっとも私に頼ってくれない。自分一人でなんとかしようとする。たまに田沼くんと解決することもあるみたいだけど私はいつでもそっちのけ。分かっているのに、私に危険が及ばないようにって思ってくれてるんだって知ってるのに、私の心はどろどろと渦巻いて苦しくなる。こんなことを思う自分がきらい、夏目くんの親切を素直に受け取れない自分が、だいきらい。

「…それとも本当に迷惑なのかなあ…」

それを確かめるのは怖い。真正面から聞いたって夏目くんは困ったように笑うだけだ。多分私が傷付くような事、絶対に言わない。だから私はそれを知らないままだ。
私が女じゃなかったら、自分の事は自分で守れるだけ強かったら夏目くんは私にも頼ってくれた?ごまかすみたいに居なくなったりしなかった?


「苦しいよ…夏目くん………」

膝を抱えて中庭のベンチに座り込んでいた。さわさわと秋の風が通り過ぎていく。空はあんなに高いのに涙がじわじわスカートに染みてくのをただ見ていた。
どんどん私欲張りになっていく。何度でも夏目くんの名前を呼びたくて仕方無い。夏目くん、夏目くん、夏目くん。

「多軌…?」
「…え?」

顔を上げたら真っ赤な顔した夏目くんがすぐ前に立っていた。驚いて制服の袖で涙を拭いたのに夏目くんはまだびくびくしてる。

「た、多軌、スカート、なか…見えてる、あいや…俺は見てないけど!見えてる!」

やっと意味が分かって、私は足を閉じた。夏目くんはやっと息をついてそれから「どうかしたのか」と優しく言った。どこからか金木犀の香りがする。

「夏目くん」
「うん?」
「あのね、私の話、聞いてくれる?」
「ああ、聞くよ」
「話したら夏目くん、私のこと嫌いになるかもしれないけれど」
「ならないよ、絶対にならない。」

ほらやっぱり、夏目くんは私が傷付くような事言わない。
そのまま夏目くんは私の隣に腰掛けた。私は流れ出るような不安を抑えられなくて、ぽつりぽつりと気持ちを話し続けた。気が付けはいつの間にか辺りは夕焼けに染まっていた。

「そろそろ帰ろう、多軌」
「…え、あ…うん」

夏目くんは優しく私に笑いかけた。手を差し出されて私はそれを取る。夏目くんの手はちょっとだけ熱かった。


「ごめんな、多軌」

畑の真ん中の道を歩く途中、夏目くんが口を開いた。下ばかり見ていたから表情はよく分からないけど声色でどんな顔してるのか大体分かる。

「ううん、私の方こそごめんね」
「…違うんだ、多軌は悪くない。俺が、まだ上手く出来ないだけだ。上手く出来なくて、多軌を傷付けたんだ」
「…な、つ…め、くん?」

ごめん、多軌。苦しそうにそう言って夏目くんは私の手をもう一度握った。離れていかないでと泣き出してしまいそうに。
ああなんて優しい人なんだろう、この人は。妖も人間も見捨てることが出来なくて、どちらも大切で仕方無い夏目くんには私の言うことは酷だったかもしれない。でもそれを真剣に考えてくれてる。そんなところが私は。……私は…?

畑の道を真っ直ぐ走って行って途中で勢いよく振り返った。夏目くんがきょとんとした顔でこっちを見てる。

「夏目くーん!」

「好き、好きだよー!」

小説とかドラマみたいに綺麗には無理だけど伝えたかった。どろどろした気持ちも、苦しい日々も全部全部夏目くんのせいなんだからって言ってしまいたかった。
見れば数十メートル離れた夏目くんが田んぼに片足を突っ込んでふらついていた。

「わあっ!大丈夫夏目くん!?」


急いで夏目くんを助け出したら、夏目くんは困ったように笑っていた。それからまた私たちは手を繋いで帰った。

「…多軌、俺もだよ。俺も強くてしなやかな多軌が好きだ」
「ホントに…?嬉しい…」
「多軌の手、冷たくて気持ち良いな」
「…そう?」
「うん」


(やさしい手をしたひとでした)

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たまには多軌もわがまま言って良いんじゃないかと。


title:ごめんねママ


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