ぱたぱたとシュラの目から流れ落ちる涙をひたすらに見つめていた。長い睫毛はきらきらと光り、次々に雫を生み出していく。まるで湧き出るかのように止まらないそれを拭う術など私には分からなかった。
広いベッドも今日ばかりは少しだけ狭く感じられる。それほどまでに私の中でシュラは大きな存在だったようだ。いつもあの聖騎士に付いて回っていた彼女が今こうして自分の側に居るのだと思うと感慨深いものもある。

「…んん」
「シュラ…?」

呻くような声を上げたシュラだったが、呼びかけに対しての返答はない。まだ微睡みの中なのだろう。相変わらず涙はその目から落ちては流れ、シルクのシーツに染み込んでいく。考えてみればワイシャツを着たままだったが、今になって気が付いても遅い。
昨晩、シュラが突然部屋に酒を持ってやって来た。止める間もなく浴びるように酒を飲み、そのまま眠ってしまったのだ。仕方無くベッドを貸してやったのだが、運ぶ途中で服を掴んだまま放してくれなかった。それ故こんな状況なのだ。ほんの少し、悪戯をしても許されるだろうと思ったがそれも興が削がれた。シュラが私を前にして「獅郎」と呟いたから。

「シュラ…シュラ、そろそろ起きなさい」
「…ん、?…アーサー…?」
「ああ、そうだよ。判るか?」
「判るさ、アタシの上司のクソハゲだろ?」
「…またそれか」

シュラは事も無げに涙を拭う。
その瞬間ぎゅう、と胸が締め付けられるように痛んだ。心臓が誰かに掴まれたような、そんな痛みだった。



「シュラ、私は聖騎士になった。お前が強い男が好きだと言ったからだ。もはやこのヴァチカンに私より強い男は居ない」
「………」
「それでもまだ、足りないのか?」
「…アーサー、」
「冷徹な男になれば良いのか?そうすればお前の心を満たせるか?」


「それでもアタシはアンタを好きにはならないよ」


…ああ、苦しい。なんて苦しいんだ。泣いたってあの男は帰って来ないのに、シュラは泣く。いつしか彼女の水分は全てシーツに吸い込まれて、枯れてしまう。それを止めることも私には出来ない。待っても待っても男の影は消えず、私もシュラも前へ進めない。

「すまない、アーサー」
「シュラ、泣くな。お前らしくもない」
「そういったってしょうがないんだよ、流れてくるんだから」

シュラを抱き寄せてみたけれど、今度は私のワイシャツに涙が染み込むばかりだった。
本当にあの男は最低だ。シュラの全てを持ったまま死んでしまった。中身を取り戻そうとする度に戒められる。


「…アンタは冷徹な男なんかになれやしない。ずっと誰にでも優しいままだ」
「え?」
「アタシはアンタのそういうとこ、嫌いじゃない」

鈍感なのだ、シュラは。私は決して誰にでも優しいわけじゃない。優しいのはお前にだけだ。…そうかだから私は冷徹にはなれないのか。

「そうか、お前がそういうならそれでも良い」
「…うん」
「シュラ、」

クセの強い髪を私の首もとに擦り付けてシュラは頷いた。そして口を尖らせて何やらもごもごと呟く。言葉は聞き取れなかったが、彼女の涙は止まっていたようだった。


「…そういうズルイとこは嫌い、だ」


(じとりと滲んだ)

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エンジェルがイケメンなのが悪いと思います。/真面目なシュラが書きたかったので。

title:ごめんねママ

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