学校の帰り、俺はまた妖に追われ逃げ回っていた。深い深い森の中へ考えもせずに入り込んで行く。そして墜ちた。深い森の奥底へ。



「ちょっと…ちょっとあなた、大丈夫なの?」
「…え?」

目を開けると色素の薄い髪をしたセーラー服の女性が視界一杯に見えていた。俺が目を開けるとその人は「あら」と声を上げる。

「あなた、私にそっくりね」
「…あ」
「名はなんと言うの?やっぱり妖なのかしら?」

透明な声が降り注いでくる。だけど俺の思考は他にあった。この人は多分…いや、間違いなくレイコさん…かの有名な俺の祖母、夏目レイコだ。実際に見たことは無いのに、この人がそうだという確信が俺にはあった。

「レイコさん…?」
「…どうして私の名前を知っているの」
「レイコさん、俺は…貴女の孫にあたる人間なんです」
「孫」

レイコさんはまるでその言葉を知らなかったかのように「孫」と繰り返して咀嚼した。それから小さくなるほどね、と言った。

「人らしく無かったのは私の血を受け継いだせいね」
「…はは」

本人を前にして今までの怨み辛みを吐露するつもりはない。それでもレイコさんは何処か辛そうな顔をしていた。自分の血を濃く受け継いだ者がどんな運命を辿るのかお見通しだとでも言うように。レイコさんの髪が風に揺れた。キラキラと光るそれから目が離せない。こうして見ると確かに彼女は人間離れした美しさと芯の強さがあった。人から恐れられ妖を魅了してきた彼女の人生が映し出されている気さえした。

「俺は大丈夫です」
「…え?」
「優しい人たちも居るし、貴女のお陰で力になってくれる妖もいる」
「…そう」
「ニャンコ先生も居ますよ」
「斑ね」

まだら、と言ったレイコさんの横顔がひどく優しげで思わず見入ってしまった。やはりレイコさんにとってニャンコ先生は特別だったんだろうか。

「斑は元気なの?」
「はい、とっても」
「そう…それは良かったわ」

レイコさんは遠い天を見つめていた。さわさわと初夏の心地よい風が通り過ぎて行く。ゆっくりと彼女の手が俺の頭に乗った。

「…レイコさん?」
「孫の頭なんかきちんと撫でたこと無いもの…下手かしら?」
「…いいえ」

頭を撫でるのに下手も上手いも有りませんよと言おうとして止めた。レイコさんはまるで作り物のように整った顔で笑っていた。

「私が生きていたらあなたと勝負をしたかったわ」
「俺は人間ですよ」
「あら、おばあちゃんと孫が勝負したらいけないのかしら?」
「…ああ」

無邪気に笑うレイコさんを見ていたら何故だか瞳が重くなって視界が滲んだ。レイコさんは軽く俺の頭を撫でてふわりと笑う。

「あなたの名前、聞いてなかったわね」
「ああ、名前ですか」
「友人帳に書いてやるから教えなさい」
「…はは、」


「貴志…夏目貴志です」
「そう…貴志。良い名前ねえ。それじゃあ貴志、そろそろ帰りなさい」

ガラス玉のように透き通った眼が俺の瞳に焼き付いた。レイコさん。俺はもっとレイコさんと話がしたい。もっと貴女のことを知りたい。だから、お別れなんて嫌だ。


「―…はっ」
「おう夏目、起きたか!」

こんなところで道草くいよって!
ニャンコ先生の声がする。俺は動かない身体を無理矢理動かしてニャンコ先生の方を見た。

「先生、俺はどれくらい寝てた」
「さあな」
「レイコさんに会ったんだ」
「…レイコに?」

ずっとずっと会いたかったあの人に。ニャンコ先生は懐かしそうな顔をして天を見つめていた。その仕草がレイコさんと似ていて驚いた。

「なあ、先生。先生はレイコさんのこと…」
「もう随分前のことだ」
「随分、前…」

ニャンコ先生は人間の一生など一瞬だといった。それなのに随分前だという。それはつまりニャンコ先生にとって彼女が特別な人間だったという事だろう。

「先生」
「なんだ」
「七辻屋の饅頭、買ってこう」
「おう!珍しく気が利くな」
「珍しくは余計だ」

ニャンコ先生と一緒に来た道を戻る。先生の言う随分前にレイコさんもこうしてこの道を歩いていたんだろうか。


(厭わず見ゆる花ぞ悲しき)

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夏目三期一話を見て。レイコさんの配偶者のストーリーを詳しく知りたいです。


title:ごめんねママ




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