*消失の話


煙のように彼―ジョン・スミスと名乗る人物―が消えてしまってから、涼宮さんはなんだかぼんやりしている。話し掛けても上の空でいつも以上に素っ気ない。彼は何か涼宮さんの大切なものを拐っていってしまったように思えた。何の属性もない彼は彼女の気を引くことができる。それが羨ましくて悔しくて仕方なかった。彼に話したのと寸分の狂いもなく僕は涼宮さんが好きだった。彼女が僕に興味が無いと知っていても好きだった。どこまでいっても涼宮さんは魅力的であり、目を離すことなど到底出来なかったからだ。

「ねえ古泉くん、結局ジョンって何者だったのかしら」
「……僕にも理解しかねます」
「そうよねえ…」

口を開く度出てくる彼の名前が憎くて、同時に虚しくなった。もう僕はいらない。彼女に飽きられてしまったのだろう。
それでも涼宮さんは僕を隣に置いてくれる。毎日一緒に帰ってくれるし、僕が訪ねれば昼食も共にしてくれる。根はとても優しいのだ。

「涼宮さん」
「なあに、古泉くん」
「貴女は…彼が好きですか?」
「彼って…ジョンのこと?」

そうです、と頷けば涼宮さんは「好きって訳じゃ無いわよ、嫌いでも無いけど」と言った。それから考え込むような仕草を見せ「でもジョンと居れば楽しそうな事が起きる気がするの!」と笑った。
楽しそうなこと。正にそれは彼女が今まで求めていたものだ。彼女がずっと望んでいて、僕のように薄っぺらなものではない。

「…そう、ですか…ありがとうございます」
「?最近古泉くん変ね、テストで疲れてるの?」
「…いいえ、ご心配なく」

貴女が好きだと簡単に言えたなら。例えばそう、彼のように守衛に腕を掴まれながらも彼女を振り返らせる事ができたなら…。涼宮さんの隣を歩いていても考えるのは涼宮さんの事ばかりで、いっそこの思いがテレパシーのような超能力じみた力で届けば良いのにと思う。世界を変えるほどの力を持っているらしい彼女が気づいてくれたら良いのに。

「…?どうしたの古泉くん、立ち止まったりして」
「あの…涼宮さんにお伝えしておきたいことがあるのですが」
「なあに?」

くりくりとした大きな瞳に僕が映っていた。取るに足らない存在だとしても彼女は瞳に映してくれるのか。


「僕は、貴女が好きです」


ぽつんと浮いたその言葉を理解するのにさすがの彼女も手間取ったようだ。きょとんとした顔で僕を見つめてくる。たった二文字が彼女に上手く伝えられなくて不甲斐ない。そう思っている間に涼宮さんは髪を揺らして僕に笑いかけた。

「正直…今すぐに古泉くんとどうにかなるとかは考えられないけど…努力してみるわ」
「…涼宮さ…」
「これからもよろしくね、古泉くん」

ふわりと笑うその顔は本当に綺麗だった。この世界の僕は報われてしまった。ずるい僕は思ってしまう。彼の言うようにこの世界が幻であるというなら、どうかもう少しだ気崩壊を待って欲しい。あと少しだけ、彼女と一緒に居たい、と。


(本をめくる指がきれいだとか、必ずご馳走さまを言うのだとか、ゆっくり確かめるような喋り方とか、たぶんそういう些細なこと)

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案外消失の世界では幸せになってるかもしれません。

title:ごめんねママ



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