コムイは先程から自分の数歩先を歩くブリジットのドレスの裾を見つめていた。

「背筋が曲がっていますわよ、室長」
「えっ…あ、ああ」

後ろに目でもついてるのか。
ブリジットは相変わらず背筋をしゃんと伸ばしたまま一定のリズムで歩いている。大きく開いた背中が廊下の照明に照らされて白く光っていた。コムイは小さくため息をついた。

中央庁の夜会に招かれたのはつい先日だった。とても好意で招かれたとは思えない。何か画策があるのか、それともただ誹謗を浴びせたいだけなのか。とにかくコムイには気が進むものではなかった。それ以前に中国の農村で育った彼には夜会などの知識や経験がない。不安と緊張でひどく気分が悪かった。

「心配などされなくても問題ありません」
「…でも」
「貴方は室長として堂々としていれば良いのです。」

ブリジットが初めて後ろを向いた。ネクタイの曲がりを直し、数歩下がってコムイの隣に並ぶ。

「それでも一応英国式ですから、エスコートしてくださらないと」
「あ、ああごめん…」

ブリジットはするりとコムイに腕を絡ませ目配せをした。会場はもう目の前だ。コムイは半ば躍起になって扉を開けた。





「おや、室長殿ではありませんか」
「…こんばんは」
「随分と苦労をされているようで、今宵は存分に羽を伸ばしてくださいね?」
「どうもありがとうございます」

次々とかけられる皮肉めいた言葉にコムイの気分はどんどんと落ちていた。隠れようにも長身のコムイひどく目立ってしまう。それに、自分の肩には少なからず現場で苦しむ仲間たちの命運がかかっているのだ。逃げるわけにはいかない。

「室長、シャンパンですわ。一口いかがです」
「ありがとう、ブリジット…」

右も左も分からずただただ顔色を悪くして行くコムイを案じてブリジットは動き回っていた。話が悪い方向になりそうであればやんわりと相手を制し、なるべくコムイへのダメージを軽減させようとしていたのだ。そんな彼女の言動に気が付きながら何もできない自分をコムイは情けなく思った。本当はエスコートしなくてはならないのに、と。

「室長、ダンスの心得は?」
「まったくないよ…」
「…そうですか」
「え、まさか踊るの?」
「はい…プログラムによれば。」

ブリジットの言葉にコムイは更に青ざめた。これ以上どうしろというのだ。
会場にはしっとりとした音楽が流れだし、男性は女性の手をとっている。

「踊ってくださいますか、室長」
「…はい」

コムイはブリジット手をとった。腕を絡め、腰に手をあてると、ブリジットが少し背伸びをしてコムイの耳元で小さく囁いた。

「言うとおりに動いてください」


右、左、右、左、
ブリジットは躍りながらコムイへ指示を出す。頭の回転の早い彼もぎこちないながらステップを踏んだ。少しずつ慣れてきて、ブリジットの方を見ると、伏し目がちな眼と睫毛の長さにどきんとした。

「しつ、」
「え、」

がくんとブリジットの身体が傾いた。慌てて腰を支えると、必然的に顔が近づく。

「わ、ごめんブリジット」
「いえ、今のは私が」
「大丈夫?足くじいた?」
「いいえ、平気です」

ふわふわとした空気が心地よい。いつの間にかコムイもそう感じていた。夢の中を漂うようなこの感覚きっとシャンパンのせいだ、と二人は頬を染めたまま踊っていた。


(このままきみと)



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