*夏目友人帳7巻収録の読み切り「夏にはため息をつく」より八島と委員長のその後





夏が来ると苦しくなる。苦しくて切なくて左の胸がことりと音をたてるから、おれはまたため息をつく。離れてしまった君が愛しくてため息をつく。

委員長と部長が付き合い出してから、何となく気まずくなっておれは勉強に逃げた。勉強はそんなに好きじゃなかったけど、君の事を考えるよりはずっとマシだった。考えれば考えるほど君への想いは強くなり、直ぐにでも炭酸を飲んで飛んで行ってしまいそうだったから。君の笑顔を奪ってしまいそうだったから、おれはひたすら勉強に打ち込んだ。遠くの大学を受けて、ひっそりとここを離れた。


それから数年。おれは一人で蛍を見に来ていた。君と見たあのときの事は忘れられないけど、もうあまり苦しくはならない。そう考えるとおれも少し大人になれたんだと思う。誰より君が好きで、振り向かせたいという気持ちは未だに色褪せないけれど、それに言い訳をして蓋をできるくらいには賢くなれたみたいだ。


「…八島?」
「え…、」

懐かしい声だった。蛍がもし鳴けたならこんな音をしている気がする。君に助けられたあの日から忘れることの無い、声。

「委員長…どうして?」
「久しぶり。…八島が黙って何処かに行ってしまうから」
「ごめん」

多分それは黙って遠くに行ったことへの謝罪じゃなかった。今でもずっと君を好きでいてごめん。幸せを願いながらも諦めなくてごめん。
委員長の顔の横を蛍たちが風に揺られて、涙のように流れていった。

「…い、」
「あのね、わたし、失恋したの」


失恋。

かつて委員長の隣で幸せそうに笑っていた部長の顔が思い浮かんだ。思い浮かんで消えて、おれは目を丸くした。

「お互い、嫌いになった訳じゃないのよ、だけど、もう…行ってしまった」
「行って…?」
「遠くに」

委員長は空を見上げた。こんな田舎じゃ、飛行機なんかは通らない。ただ、星が見えるだけ。もう星なのか蛍なのか分からないような光が見えるだけだ。

「…遠く」
「委員長」
「なに?」
「ちょっとだけ、良いかな」

バックに入れておいた炭酸飲料を一気に飲み干した。口の中が泡でいっぱいになる。おれは委員長を抱えて、助走をつけた。

「いくよ」

ドン、
おれと委員長は光に向かって舞い上がった。

また、少し胸が痛くなった。委員長が軽くって、あの日のおれはこんな身体に背負われたのかと思うと情けなくて、ちょっとだけ愛おしくなった。今、あの日出来なかった告白をしたら狡いかな。狡い男だと思われるかな。それとも怒られる?それは嫌だな。嫌だけど、君が泣くよりはずっとマシだ。

「委員長」
「八島?」
「好きだよ」
「…え?」
「ずっとずっと好きだった。今でも好きだ。」
「八島」
「狡いけど、情けないけど、言うよ…委員長、」

「好きだ。」


星だと思って手を伸ばした光は蛍で、おれは思ってたより簡単にそれを掴んだ。大切で触れなかったそれに手を伸ばした。上手く着地が出来なくて転んで、でも蛍草が守ってくれていて、おれたちは空を見上げた。委員長は泣いていた。蛍みたいに光る涙を溢しながら。泣いて、泣きながら笑っていた。おれは小さく幸せなそれを吐き出した。


(夏にはまたため息をつく)

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相変わらず緑川さんの読み切りが好きです。緑川さんの恋愛モノすごく好み。

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