エリンはいつもどこか遠くを見つめている少女だった。見つめていると言うよりは見据えている、と言った方が的確かもしれない。ただひたすら前だけを見て進んでいく子だった。そんなエリンを憧れの眼差しで見るものは沢山いた。僕もその中の一人で、彼女を遠くから見守っているだけで彼女に深く踏み込む勇気や決心は無かったように思える。

しかし半端な立場で右往左往していた僕にも"その時"は来た。

「エリンがリランとラザル王獣保護場に移る…!?」

それはいつですか、と問えばエサル先生は下を向いて明日よ、と言った。真王からのお達しならば従うより他ない。きっと明日になればエリンはここから居なくなってしまうのだ。

真っ先に自分の気持ちを打ち明けるかどうか考えた。ただの先輩としてでも同僚としてでもない気持ちはもう蓋の出来ないところまで来ていた。踏み込みたいのに、後が怖くてそれができない。今の関係を失ってしまうのも惜しい。けれど…

(エリン…)

準備は全てととのったようだ。朝もやの中に質素な車がエリンの乗車を待っている。キリク先生は先に乗り込んで椅子に腰かけていた。

「それでは行って参ります。」

重く静かな声が戦地に赴く兵隊のようだと思った。実際彼女にとって王都は戦場だったのかもしれない。
そんな彼女の強ばった顔が見ていられなくて、僕はエリンの頬に手を添えてそっと口付けた。

「…辛くなったらいつでも帰っておいで」
「トムラ先輩、」

キリク先生の目線が鋭くこちらを睨んだのが視界の端に映った。これはこちらに残るものの役得だ、と目で言った。そしたら視線を離された。


(それでも良いじゃないか、一緒に居るんだから。)
(…行けるんだから。)


僕にはその資格が無いのだけれど。
悔しくて少しだけ寂しくなった。


全てを掴み損ねて更にその先
(叶わなかったのか)
(叶えなかったのか)



title by:リッタ

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