ミーティング
榊先生に渡された地図を見ながら、会場へと足を運ぶ。合同だけあって、やはり氷帝では開催しないらしい。駅から歩いて数十分、まさかと思われる建物が目に入り、いやいや流石にと首を振ってみたものの、地図に記された×印とその建物が見事に一致していたことに溜め息を吐いた。ああ、確かに榊グループと跡部財閥の協同出費だけあるな。
会議室は既に騒がしく(主におかっぱの子)、一声挨拶をするでもなく自分の名前が書かれた席に腰を下ろす。すると、隣から控えめに「あの……」と言う声がして、目をやるとセミロングの髪をした女の子。
「初めまして、運営委員で二年の広瀬静です!」
「こちらこそ初めまして。運営委員会副会長の三年葉姫束紗です。広瀬さんは希望して委員会に?」
「……先生に選ばれちゃって」
「ああ、私も同じだよ。まいったね」
社交辞令とも言える挨拶を交わして数分後、ふわふわした髪の男の子が欠伸をしながら入ってくるなり、跡部くんが口を開く。
「ふん……レギュラーは全員集まったようだな」
その言葉に「ちょい待ち」と先程からこちらをちらちらと見ていた、丸眼鏡の男子生徒の声がかかる。あれは跡部くんの次に、よく隠し撮り写真が売られている忍足くんだ。
「なんや知らんけど、部外者が2人おるで」
部外者、なんて失礼な言い方だな。私たちだって(いや、広瀬さんの真意は不明だけど)好きでテニス部に関わりを持った訳じゃない。その忍足くんの言葉に、私たちの方へ顔を向けた跡部くんは「ああ」。
「運営委員と、委員会長である俺の補佐だ」
「運営委員っていうと、例の学園祭のか?」
「当たり前だ、向日。今日のこのミーティングはそのためのものだろうが」
ああ、そっか。と納得の色を見せた向日君は、こちらの方を興味津々な視線で見つめてくる。ちょ、視線が痛い。その視線から回避しようと思ったところで、残念ながら視線を避けるものはなにひとつない。
「こっちの2年が我がテニス部担当として今後サポートしてもらうことになる。こっちの3年は運営委員副会長だから全体的なサポートだな。ま、よろしくしてやってくれ」
「2年の広瀬静です。よろしくお願いします」
「3年の葉姫束紗です。……よろしくお願いします」
「ウス」
あまりよろしくしたくはないのだけれど(ファン的な意味合いで)、この大きな男の子はいい子だな。
テニス部が嫌いな訳じゃないし、寧ろ選ばれてしまったのだからサポートをサボるなんてことはしたくはない。いや、そりゃあ楽はしたいと思うけど、思うけど。
「大体のことはもう知ってるよな。一応念のため確認しておくが……」
跡部くんの口からは、今回の学園祭が跡部財閥と榊グループの共同出費で実現したことや(だからこそ無駄に派手だ)、これが関東大会ではなく、全国大会に出場するテニス部と、その学校が参加する合同体育祭だと言うこと。忍足くんの「物好きやなぁ、自分」という言葉には全力で同意しようと思うよ。
「アーン?なに言ってやがる。折角俺様が関東大会での雪辱を果たすチャンスを与えてやろうって言ってんだぜ?」
その言葉に、温厚そうな2年生(と思われる子)が「関東大会の雪辱を果たすチャンス?」と聞き返した。
関東大会。……あれ、確か氷帝はどこに敗けたのだったろうか。今更ながら参加校をきちんとチェックしていない自分に腹が立つ。もしかしたら、もしかしたら、あの幼馴染み達に会えるかもしれないのだ。
「今回の学園祭に参加するテニス部には模擬店に参加する義務がある。その模擬店はコンテスト形式になっていてな」
「なるほど……真剣勝負ってわけですね」
こちらの2年生(と思われる子)は真剣勝負という言葉に力を込めすぎじゃないか。同じ2年でも個性があるなあ…………あれ、そういやこの寡黙な子も2年生?いや、まさかそんな……あ、でもなんかチラッと英国時代に見た気がしなくもない。
「そういうことだ。模擬店は各テニス部単位で出品する。売り上げが多い方が勝ちだ。青学や立海に敗けんじゃねえぞ」
「――青学?」
「そうだ。どうした副委員長」
「あ、いや。なんでもないです」
青学が来る。久々に会える。あの2人に会える。それだけでこの運営委員副委員長という肩書きが嬉しいと思えるのだから、私という人間も単純なものだろう。
「けど跡部、テニス勝負やないんやし、そない熱うならんでも」
「アーン?分かってねえな忍足。いいか、たとえ模擬店でも我が氷帝が敗けることは許されねえ。おい、聞いてるのかジロー」
聞いてないだろうね、さっきから机に顔を委ねて、近くにいるからだろうか、寝息も聞こえてくるよ。彼はきっと、吊られて私まで寝てしまいそうなくらいに安眠してます。「んー……」と細やかな返事(?)を返す彼の様子に気付いたみたいで、「起こせ、樺地」と一言。ウス、と返事を返し金髪の彼を起こしに行く。そうか、君は樺地くんと言うんだね。
「ん……わわっ!なんだなんだっ!?」
「樺地、ジローにこれまでの話の説明をしてやれ」
「ウス」
本当にいい子だな樺地くん。そしてこの対処の手際よさからして、ジローくんはよくこういうことがあるんだね、理解したよ。
カタンと広瀬さんが席を立つなり、言葉を発した。
「それと、もうひとつ自由参加のアトラクションがあります」
「アトラクション?」
ああ、なんとなく話は聞いたような気がする。凄いなこの2年生、覚えてるのか。アトラクション、歌とか演劇などの出し物で、他校のテニス部と組んでもいいらしい。へえ、なかなか文化祭らしいじゃないか。
そっちの方は息抜き程度にやれ、そう言った跡部くんからは次の瞬間爆弾発言が飛び込んだ。
「一応、優勝組には賞品は用意したがな」
「賞品?なんですか?」
「大したもんじゃねぇ。ウィンブルドンのチケットと航空宿泊券だ」
「ウィンブルドン!?すばらC〜っ!」
「……そういうとこだけ地獄耳やな、ジローは」
ウィンブルドンが大したことない、そう言えるのは、未だ跡部財閥の業績が衰えてないと言えるのだろう。隣を見ると広瀬さんが絶句していた。というより、跡部くんからしたら、大したものはなんだろうか。月か、月なのか。
「他校と組んでもいいってことは……うちの先輩とも競える……これは下剋上のチャンスか」
ここに明智さんがいるんだけど。1582年は本能寺の変。
「ま、好きにしな。ただし、他の生徒も参加してるし、無様なとこだけは見せんじゃねえぞ」
「ふん、そんな激ダサなマネするかよ」
ちらりと腕時計をチェックすると、時間の割に全然話が進んでないんだが。スケジュールとかはどうなっているんだと思った束の間、目の前のホワイトボードに手際よく日程が書かれている。何も見ていないことからして、スケジュールは脳内で丸暗記しているということか。委員長といい運営委員といい、凄いな。なにがって、頑張れることが?
「で、これが学園祭のスケジュールだ」
8月22日から9月1日までが準備期間、9月2日が慰労会。学園祭は9月3日と4日。31日が休みなのは、課題が残っているひとの救済措置だろう。
後の詳細が書かれたプリントを配られて、この日のミーティングは終了した。なんとなくは思っていたけど、やっぱり景ちゃんは私の事を覚えていないらしい。
はじまりの夏がきて
学園祭まであと14日、
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