埋められるジグゾーパズル 車両内にアナウンスが流れ、目的地付近の駅名を流れるような発音で女性が読み上げる。クーラーの効いた車両から、一歩ホームへと踏み出すとそこはもう灼熱地獄だ。じりじりと肌を焼く不快な暑さに思わず眉を寄せた。何故こんな蒸し暑い中でオープンスクールは開催されるのか。もっと涼しい時期でいいじゃないか。夏休みなんて人によれば受験勉強の真っ最中だというのに。辺りを見回すと制服姿の学生が多く、これが皆今日のオープンスクールに参加する人達か、同行者である母親と目を見合わせ苦笑した。薄桜学園のオープンスクールの日程は数日に分かれているというのに、何だこの人の多さは。
「……倍率高そうだね」
「近隣の別の高校かもしれないじゃない。ほら、島原女子高も近いんでしょ?」
「制服が可愛いって人気だよね!」
「薄桜学園の姉妹校みたいよ」
どうしてこうも受験生本人より、親の方が高校に詳しくなっていくのだろうか。制服を着ている学生や保護者にと同じ方向についていくと、段々校舎が見えてきた。うわあ。思わず間抜けな声が漏れ、隣を見ると母親も同じように目を丸くしていた。流石は私立。ゲームのモデルになるだけある。とても綺麗な校舎だ。
「去年まで男子校って聞いて少し躊躇したけど、これだけ綺麗なら希望する女の子も多そうね」
「私も思った。あ、じゃあ学生の受付こっちみたいだから、また後でね!お母さん」
“学生受付”と書かれた看板の矢印の方に進む。周りを見ると、友人と一緒に来ている学生もいるみたいだ。私も友人と同じ希望日で出してみたが、抽選で外れ別日に分かれてしまった。しかし、本来こういうところは一人の方が少し気が楽だ。ただえさえ人混みで少し疲れているというのに、その上友人用の仮面をつけるのは少し疲れる。午前の部の受付を済ませ、渡された札のグループを探すと、「椎名さん!」と声がかけられる。
「あれ、隣のクラスの」
「椎名さんも一人?同じ中学の人いなくて」
「あー!それは心細いよね。私も友達と日程が分かれちゃって」
「同じ同じ!椎名さんグループは?Cか。うわー、私Bなんだよ。同じが良かった!」
本当だねー、と同じ調子で返しながら、心の底に浮かぶのは安堵だ。知らない人ばかりの場にいると、同じ制服というだけで然程話したことのない人ですら仲間意識が芽生えるのは何故だろうか。顔は見た事があっても、名前が曖昧な先程の女子生徒を思い浮かべながら、Cと書かれた札の方へと向かう。
「こんにちはー。よろしくお願いします。椎名紗良って言います。Cグループ、まだそんなに集まってないんですね」
「うん、私が一人目。梅戸って言います。……、ごめん。もし良かったら敬語は無しで良いか?何だか妙にこそばゆくてさ」
「うん!今日はよろしくね」
ほわ、と柔和な人懐っこい笑みを作り、女子生徒の言葉に頷いた。二ッと白い歯を見せて笑うその人は、何か運動でもしているのだろうか。ベリーショートの髪型に、すらりと引き締まった筋肉。背も高そうだ。体育館の時計を見ると、確かに開始時間まで時間がある。徐々に集まり始めるのかな、と思いながら会話を続けているうちに、なんとなく楽しさを感じる私がいた。初めて会ったのに、初めてじゃないような。懐かしさに似た何か。こんな感覚前にもあったな。嗚呼そうだ、沖田先輩も。あの、私を見ているようで見ていない、見ていないようで捉えている目が居心地悪く、忘れていたけれど。
「梅戸さんは何処を受けるの?」
「……」
「梅戸さん?」
「……何か、何か違う」
「?」
「紗良」
「どうしたの、梅戸さん」
「ほら。確かに今日知り合ったばかりの私に言われるの気持ち悪いかもしれないけど、何か嫌だ」
「やだって?!」
「違う呼び方が良い」
いきなり何を言い出すんだこの人は。少々困惑はしたものの、男勝りな話し方に反して、そんな拗ねた子供のようなことを言う目の前の人物に、可愛いな、と思ってしまい思わず笑みが零れた。「笑うなよ……」とこちらを見る目に、ごめんねと笑う。んん、と少しの間考えて、ふと浮かんだ名前を口から零す。
「梅さん。梅さんは、ここが第一希望なの?」
「梅さん……」
「嫌?」
「嫌じゃないけど、不思議だな。初めて呼ばれた筈なんだけど。で、なんだっけ、希望?そう!ここが第一。剣道部に憧れの先輩がいるんだ」
「あ、ファンクラブあるくらい人気なんだよね!ここの剣道部」
「言われると思ったけど、見た目とかじゃないんだ。斎藤一さんって知ってるか?小学生のころ、その先輩の試合を見たんだ。その太刀筋に憧れてさ、追い掛けようとしたけどここ今年まで男子校だっただろ?諦めようしたら、来年から共学になるって聞いて」
きらきらとした目で志望理由を話す彼女を見ながら、いいなあ、と思う。そんな明確な志望理由があれば今日のオープンスクールも、ただの灼熱地獄じゃなくて天国なんだろうな。
いつのまにか人が集まり、各自一言ずつ挨拶をすれば校舎案内が始まった。高校生って凄いな。たった数年の違いなのに、大人びて見える。そういえば梅さんもそうだ。同じ中学生の筈なのに、変に子供ぶらなくて良い。楽、そう。楽だ。
一通りの教室を巡り、食堂に入る。ここの学食は美味しいのだとパンフレットにも書いていたな。その学食を作っている、井上さんという男性が、私達へ向けて挨拶を行う。お昼ごはんを希望するならここで食べても良いらしい。梅さんと目を合わせ、折角だからと学食を体験してみることにした。券売機でお目当てのメニューを押し、それを持って受け付けに行けば、奥で調理をしている井上さんはとても忙しそうにしていた。そりゃあこれだけの注文が一気に来れば、厨房は戦場だろう。いくら予め作り置きをしているとはいえ、盛り付けなどの手間はあるものだ。
「梅さん何にしたの?」
「カツ丼!美味しそうだったからさ。紗良は何を頼んだんだ?」
「今日限定のオープンスクール定食!」
「え、そんなのあったのか?」
「券売機の横に貼り紙があったよ」
それにすれば良かったと悔しがる梅さんを見ながら、思わずくすくすと肩を揺らす。少し交換しよう、私もカツ丼気になってたんだ。と提案すると、良いのか?と梅さん。二人で評判通りの味をした食事に舌鼓を打ちながら、午後の予定を思い出し口を開く。
「そういえば、午後は自由だよね。梅さんは剣道部の部活動見学に行くの?」
「ああ、そのつもり。女子生徒で溢れ帰ってそうなのが今から憂鬱だよ……」
私の友人もイケメンを一目みたいって言ってたもんな、と思いながら苦い笑みを浮かべた。でもそうか、この人は本当に純粋に、剣道が好きで、憧れてるんだな。それにしても斎藤一……斎藤一、幾度かその名前を頭で呟きながら、ああ、あの沖田先輩が言っていた人かもなと思い出す。
「紗良は、午後どうする?」
「私は特に気になる部活もないから、保護者向けの説明会に行ってるお母さんと待ち合わせして、今日は帰るよ」
「私も母さんから連絡がきてたな。ここの教頭先生が凄く美形だって」
「……。剣道部もそうだけど、ここって頭だけじゃなくて顔面も偏差値高い?」
「そりゃ倍率も上がるよなあ……。そう言えば紗良はここを受けるのか?」
はた、と箸を持つ手が止まる。受験、どうしようか。母親が気に入らないのであれば、それを押しきってまでここを受ける理由はない。ただ恐らく、綺麗な校舎、高い進学率、通学のしやすさ、親の好む全てのものがこの学園に詰まっている。要は私の心次第なのだ。全ての軸が他者にある私にとっては難しい質問だなぁ、と感じながら「迷ってるところ」と無難な答えを口にして、出し巻き卵に手をつけた。
「そっか。でも私は紗良と入学できれば嬉しいな。今日話していて楽しかったから」
に、と梅さんが真っ直ぐに私を見て笑う。なんて人誑しな人だ。でも私はきっと、そんな人たらしに弱いんだろうな。嗚呼、駄目だ。我ながらなんて簡単なのだろう。桜舞う4月の入学式に、この子とまた会えたらなんて、そんなことを考えてしまった。
「私も、梅さんと一緒なら楽しいかも」
「だろ?その為に勉強して、受からないとな。ここって剣道の推薦枠でも結構頭が要るらしいし」
「私は推薦も何もないから、しっかり基礎から固めないと……」
2人で大きくため息をついて、目があって、ふふ、と笑う。変に子供ぶりすぎなくて良い。私の中学校が幼いだけで、他の中学校はこんな感じなのだろうか。井の中の蛙が大海を知った心地だ。
「やべっ!もう見学の時間じゃん!!」
「へ、平助君、声が大きいよ……!」
ガタン、と遠くの椅子が盛大に引かれ、その音に私を含め何人かが目をやった。栗色の髪をした目の大きな男子生徒と、黒い髪の可愛らしい女子生徒。「うわ!」と、同じように時計を見た梅さんも慌てて立ち上がり、今度はそちらへと顔を向けた。
「剣道部絶対混むから早めに行こうとしてたのに……!ごめん、紗良。先に行くな。楽しかったありがとう!また入学式で!」
「あ、うん、こちらこそ!楽しかったよ」
本当に。と付け加え、ぱっと明るく笑い手を振った。ただ私も時間に余裕があるわけではないのだ。残りのお味噌汁を飲み干して、素早く食器を返却し早足で食堂を出ようとしたものの先程の男の子の声で何人もが立ち上がり、ぞろぞろと出ていくので揉まれてしまう。保護者向け説明会の教室まで行かなければならないのに、一斉に動き出したものだから廊下は揉みくちゃだ。
人混みを掻き分けていこうとするものの、流石は今年まで男子校と言うべきか、男子生徒の人気の根強さは伊達ではない。体格の良い男子生徒達を掻き分けて進むのはなかなかに骨がおれる。ぐぐ、と思わず眉間に皺を寄せていると、同じように揉まれている苦しそうな女子生徒の姿が目にはいる。ああ、さっきの、食堂の。一緒にいた男子生徒とはぐれてしまったのだろうか。はた、とその女子生徒と目があった、と思った瞬間だった。
「────え、」
「っ?!」
形の良い唇が薄く開かれたかと思えば、私の右腕がいきなり引かれ、素早く開かれたドアの中へ。すぐ傍の教室へ引きずり込まれたのだろう、咄嗟の出来事に思わず声を失った。心臓もバクバクと音を鳴らす。見上げると、悪戯の成功したような笑みを浮かべる沖田先輩。
「凄い人だかりだね。ビックリしちゃった」
「……沖田先輩。流石に心臓に悪いですよ」
「それはごめんね?この部屋で休憩していたら、苦しそうな君が見えたから」
口先では謝罪の言葉を口にしつつ、その顔は一切悪いことをしたと思っていない。別にこの人に謝らせようなんて一切思っていないが、代わりにひとつ、呆れたように溜め息をついた。
「先輩に溜め息なんて、可愛くない後輩だなぁ」
「その後輩を驚かせるなんて、優しくない先輩ですよね」
「……」
「どうしました?」
翡翠の目が、ぱた、と瞬かれ、初めて見る表情に少し困惑の色が滲む。何かしただろうか、生意気なことを言ってしまったからか。
「……いつもと雰囲気が違うね、オープンスクールで何かあった?」
「え?あ、……あー……、他校の同年代?を見て、少し我が身を振り直したんですよ」
「ふうん。友達でも出来たの?」
「なれたらいいな、とは」
私の返答にまた、沖田先輩は意外そうに目を丸めた。そんな顔をされると気恥ずかしくもなる。口をすぼめてふいと顔を背け、もう一度自分の言葉を思い返して浮かぶのはれっきとした羞恥だ。それを振り払うように、いつもの仮面をつけ「柄にもないこと言っちゃいましたね!何でもないです!」と笑う。笑いつつも、気恥ずかしさに自身の顔を覆おうとした腕を、沖田先輩が受け止める。
「隠さないでよ。いつもの態とらしい顔より、さっきの方が好き」
「態とらしいって……」
「何だろうね。変に子供ぶろうとする感じかな」
だって、私の学校ではこれが普通だったから。しかし思い返せば、同じグループにいた他の生徒もこんな感じだった。梅さんだけ、少し空気が違っていた。どこか頭ひとつ延び出たような、穏やかな空気だった。嗚呼、十五歳でも、“それ”でいいのだと、そう思えたのだ。
「……ま、良い出会いがあったみたいで何より」
「…………。冬、ここを受験します」
「え。そんなにその子が気に入ったの?」
「私、きっと人たらしに弱いんですね。梅さんと、また会いたいなって」
「梅さん?……梅戸君?」
「君って……さん、かな。知ってるんですか?斎藤一さんという、ここの剣道部の方に憧れてるみたいですよ」
今日はいつもより、沖田先輩と自然に話ができている気がする。いつもなら、私の言動ひとつひとつに、何か言いたげな視線を向けるのに、まるでその言動が“間違い”であるかのような言葉を吐くのに。今日の沖田先輩は、それがなく、ちゃんと私を見てくれている気がするのだ。
「いや、こっちでは初めて、かな」
「?ああ、学校ではなく剣道の試合とかで見掛けたんですか?」
「そんなところ。それにしても君、男友達なんて出来たんだね」
「彼女、確かに髪は短いけど女の子です」
いくら制服ではなく防具服だからって、失礼ですよ。と窘めるように沖田先輩を見ると、また沖田先輩は驚いたような顔をした後、あはははっ、と軽やかに笑った。そして、「そっか、そういうこともあるよね」と良く分からない言葉を口にするので、私は首を傾げるしかできない。
「で、紗良ちゃんは午後どうするの?」
「親と合流してから帰りますよ。気になる部活も特にありませんから。……と、そういえば待合せの時間!」
「早く行かないと、お母さん待ちくたびれちゃうじゃない?」
「沖田先輩こそ早く剣道部行かないと、もう皆見学に向かってますよ」
「えー。面倒くさいなぁ」
「悪い先輩のお手本を目の前で見せないでくださいよ」
ヴヴ、とスマートフォンがメッセージの振動を伝え、ディスプレイの時計は、既に待合せの時間から30分も過ぎてしまっていることを知らせていた。慌ててトーク画面を開くと、案の定母からの連絡だった。
「……個別説明会?」
どうやら保護者向け説明会の後、希望者のみの個別説明会があったらしい。そこに参加しているため20分程度遅れると連絡があったのが30分前。そして、終わったと連絡があったのが、今だ。
「沖田先輩、個別説明会の教室ってどこにありますか?」
「ああ、ここから近いよ。優しい先輩が案内してあげる」
優しい、を強調する沖田先輩は、部活動に遅れる口実に使うつもりだろう。そんな狙いは透けて見えていたが、ただえさえ遅れている待合せの時間。お言葉に甘える以外の選択肢はない。ありがとうございますと軽くお辞儀をしてから二人で教室を出た。もう流石に人は捌けており、個々に部活見学や引き続きの校内散策に精を出しているのだろう。廊下を進むと、何人もの見学者が沖田先輩に目を奪われているのが分かる。ごめんなさいね、私が傍にいて。ただ道案内してもらってるだけなんです。妙な罪悪感、申し訳なさ、居心地悪さに少し距離を開けて歩く私に、恐らく沖田先輩は気付いている。気付いてなお、何も言わないでいてくれているのだろう。
「この先だよ。ほら、看板があるでしょ」
「本当だ。あ、お母さん!」
「紗良」
ちょうど教室の前に母親が立っており、沖田先輩に「ありがとうございます」と頭を下げる。母も教室の中の人物に「娘が来たようなので」とか何か言いながら礼をしている。母親が再びこちらを見て、手招きし、「挨拶しなさい」と言う先には、黒いスーツに菫色の瞳をした男の先生。
「──、……お前が娘さんか?」
「っあ、はい。椎名紗良と言います」
「……あれ、土方先生。教頭先生直々に個別相談会なんて、予定にありましたっけ?」
「午後の予定が空いたもんでな。それで、椎名。今日はどうだった?」
「とても素敵な時間を過ごせました。本日は貴重な機会をありがとうございます。おかげで、ええと」
ちら、と母親に視線を送る。母はその双眸をきらきらと輝かせており、とても期待に満ちた視線を私に向けている。つまりは、そう。そういう事なのだ。
「おかげで……志望校が決まりました」
ぺこりとお辞儀をした私に、母は驚きと嬉しさが混じった声で「じゃあ頑張らないとね。お母さんも応援する」と笑う。嗚呼良かった、この答えは“正解”だったみたいだ。
「そうか。教頭として嬉しく思うぜ。俺はここで教頭って言う役職ではあるが、古典教師と一年の担任をしている土方だ。受験、頑張れよ」
見上げると、整った顔が嬉しそうに目尻を緩めている。教頭先生。嗚呼この人が梅さんが言ってた、性格には梅さんの母親が言っていた美形の教頭先生か。
ありがとうございます、と再度お辞儀をして、道案内してくれた沖田先輩にもまたお礼を言って、校舎を後にした。
■□■
「てめぇ、知ってやがったな」
「何の事ですか?僕は道に迷った中学生を案内してきただけですよ。っと、早く部活に行かないとまた一君に怒られちゃう。じゃあね、土方さん」
「おい待て!総司!廊下を走るんじゃねえ!」
土方さんの怒声を背に、体育館へと向かう。あーあ、バレちゃった。というより、どっちが“知ってやがった”のか。午後に予定が空いたなんて態とらしい嘘までついて。でもそうか、教頭先生なら参加者の名簿くらい管理している。つまり最初から知ってたんだ。知っていて、言わなかった。御互い様なんだから文句は無しですよ、と見えない人に舌を出した。
部室に顔を出すと、遅い、と案の定不機嫌そうな一君と山崎君。あとなぜか、平助と、千鶴ちゃん。
「……いいの?一応まだ部外者なのに部室に入って」
「“見学”だ。尤も、他の見学者の対応は二年がしているがな」
「うわ、特別対応なんて悪い先輩だね」
「そういうわけではないが、……雪村が、総司が揃ってから言いたいことがある、と」
「へえ」
あ、嫌だな。何となく嫌な予感がして、適当に煙に巻いてやろうかなぁ。皆の視線が千鶴ちゃんに集まり、言うかどうか最後まで悩んでいたのだろう。ゆっくりと、彼女が口を開いた。
「……紗良君が、いたかもしれません」
「え?!そうなのか?!俺見てねえ!」
「廊下でちょうど平助君とはぐれたときだったから。一瞬なので、見間違いかもしれないけど……顔がとても似ていて……ですが、ごめんなさい。多分人違いです」
「何故そう思うんだ?」
「だって、……女の子の制服を着ていたんです」
は、と皆が息を飲むのが解った。入学式まで隠し通せるかと思ったんだけど、難しかったみたい。紗良ちゃんから千鶴ちゃんの事は聞かなかったから、本当に一瞬見えただけなんだろう。この子の想いの強さも、凄いなぁ。
「……、他の隊士も何人か見たが、全員が同じ性別とは限らぬ。先程見掛けた梅戸が良い例だろう」
「ああ、可愛いよね。彼……彼女?記憶はなさそうだけど、また一君に憧れてるんだって。それなのに当の先輩はこんなところにいて姿を見せてあげないなんて意地悪だなぁ」
「?!特にそう意地悪をしたわけではないと、解っているだろう……!」
僕の秘密の箱が、ゆるりゆるりとほどかれていく。
埋められるジグゾーパズル
完成までは、程遠い
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