50000hit企画 | ナノ


空飛ぶさかな

空がうっすらと白く見える昼下がりに、俺達にしては珍しく島原とか酒を飲む処じゃなくて、甘味処に来ていた。理由はたったひとつだ。酒をそんなに飲まないなまえがいるから。前に理由を聞いたら、"へいせい"って言うなまえの居たところでは二十歳になるまで酒を飲んじゃ駄目なんだってさ。厳しいとこだよな。
だけどさ、俺、本音を言えば今日はあんまり来たくなかったんだ。

「っ!」

行きなり目の前から迫ってきた物体に思わず身を反らせば、よく見ると――いや、よく見なくてもそれは団子だった。てらてらと輝いてるタレは島田君や総司が気に入るくらい甘くて旨い。その団子の棒から手、そしてその上に視線を辿らせれば「食べないんです?」と、俺の弟を称したなまえがいた。背中に空いて見える空が痛いくらいに眩しかった。食う!って慌てていつもの様子を繕って、その団子に手を伸ばす。それを口に頬張ったとき、なまえの声が降りてくる。

「俺の勝ちですね、原田さんに永倉さん」
「はへ?」
「だぁぁあ!!くっそー!なんで平助そのまんま食べねえんだよ!!」
「何の躊躇いもなく自然と食うと思ってたんだけどな。仕方ねぇ、此処は俺と新八が出してやるよ」
「御馳走様です」

にまりと人の悪い笑みを浮かべながら二人を見るなまえに、頭を抱える左之さんと新八つぁん。俺一人がおいてけぼりで事態が飲み込めてない。とりあえず口に含んでた団子だけは飲み込んだ。そうして目を皿にして唇を尖らせ文句を言ってやる。

「三人共、何の話をしてんだよ!」
「賭けてたんですよ。兄上が何処かの女の方か何かに心を飛ばしてる時にね、団子を口許に持っていったら食べるかどうか」
「あれはなまえが団子を突き出したせいな気もするけどな」
「計算も作戦の内ですよ」
「何?!計算だったのかよ!」

楽しそうに笑い合う三人を見ながら(なまえの笑顔はいつもよりも態とらしい気がするけど、それは俺達が本当の姿を知ってるからで、平隊士の前に比べるとやっぱ楽しそうだ)、俺も前までは何も考えずにあの中に居たのになぁ、って思うと少し寂しい。その寂しさを誤魔化そうと団子を飲み込んで二本目三本目と手に取った。

「な、平助!お前奢りって分かった瞬間食うつもりか?!」
「当ったり前だろ?特に新八つぁんだと、この機会逃したら今度はいつか分からねえし!」
「流石は兄上!助太刀しますね!」
「おいおい……」

金の入った袋の中身を確認する新八つぁんに見せつけるように団子を食ってると、新八つぁんも我慢が利かなくなったのか「どうせなら俺も食うぞ!」って更に追加を頼む。それが可笑しくて俺から笑みが溢れると、何故かなまえと目があった。何処と無く優しく見えて首を傾げたら、なまえは何かを答えるでもなく左之さんの前に団子を差し向ける。「原田さんも開き直ればどうです?」と、にやにやしながらだ。そうだな、なんて返事をしながら向けられた団子を口に含……いやいやいや。

「なんでなまえは食べさせてんだよ!!」
「そうだぜ左之!手前が今食べさせてもらったって俺らが賭けに負けたのは変わらねぇんだからな!」
「別に賭けは関係ねぇだろ?羨ましいなら俺が食わせてやろうかぁ、新八と平助?」
「「要 ら ね え よ」」
「何が悲しくて男に食わせてもらわなくちゃなんねぇんだ!」
「そうだよ左之さん!左之さんに食わせて貰っても嬉しくねぇっつーの!」
「あー……確かに。俺は君菊さんに食べさせてもらいたいですね」

なまえのその言葉に、俺たち三人の動きがピタリと止まった。いや、気持ちは分かるけど、お前、え?

「分かってんじゃねえかなまえちゃん!分かる、分かるぜその気持ち!君菊さん色っぺえもんなぁ!!」
「分かってくれますか永倉さん!時に、俺から見た亥の刻の方向の人、あの人もなかなか……」
「何?!」

吊られて隣に座っていた俺もなまえの視線を辿ると、……うわ、すっげえ美人。ちらりと左之さんに目を遣ると、あの左之さんですら見惚れてる。

「……ほー……綺麗なもんだなぁ。見る目があるぜ、って、だああああぁぁぁああ!!いつの間に皿の団子がなくなってんだよ!」
「ひえはいまひはね(消えちゃいましたね)」
「なまえの口の中にな」

嘆く新八つぁんに、苦笑する左之さん。ついでにと追加の団子を頬張る俺。今までなら深く考えなかった光景が、いつまで続くんだろうなって疑問に変わる。壊したくないのに、壊してしまいそうになる関係は、地に落ちた桜の花弁に似ている。踏みたくないのに、踏んでしまう。そんな気分だ。ごろりと転がる重みを掻き消すべく、団子を録に噛まずに飲み込んだ。

「兄上、ちゃんと噛まないと詰まらせますよ」

串を持った俺の手を、なまえの手が静止するように添えられる。美味しいのは分かりますけどね!と人懐っこい繕われた笑みにはもう慣れた。嗚呼だけど、ちゃんとした笑顔も見ておきてぇなぁ。

俺が、此の組から離れる前に。

がき扱いすんなよな!ってなまえに言えば、新八つぁんや左之さんまでが可笑しそうに笑う。楽しいんだけど、なんだろうな。俺だけが線を引かれて一人で居るみたいだ。

――「藤堂君は、今の組に不満は在りませんの?」
――「今や反幕府の方々とは、対立するのではなく、何らかの形で繋がるべきではなくて?」
――「どうかしら。共に天皇を守る、御陵衛士として歩んでみません事?」
――「藤堂君の力を、どうか御貸ししていただきたい」

妙に繕われた、男にしては高い声が、ずっと頭の中で木霊した。近藤さんの考え方には、近頃相容れないものを感じていた。その矢先の伊東さんからの誘いに、俺は何て返事をしたら良いのか分からなかった。分からなかったのは、俺は此処が好きだったから。でもさ、また前みたいに警備に行きたくない時とか、出るんじゃないのかなって。俺は共感できない思想の為に、剣を振れるのか?

「ちょ、新八?!」

左之さんの慌てた声に視線を遣ると、すっげぇ形相の新八つぁんがいた。どうしたんだよ!と慌てて声を掛けると、大きく喉が上下して、荒い息を吐きながら「死ぬかと思った」と途切れ途切れに新八つぁんが云う。

「食われると思って残りのを全部突っ込むからだろうが」
「仕方ねぇだろ!飯は合戦って言うじゃねえか!」
「だからって、」
「ぶはっ!!」

堪えきれずに吹き出した俺に、新八つぁんから「何笑ってんだ!」と拳骨が落ちる。

「いってぇよ!」
「人が死にかけてるっつうのに笑うからだろうが!」
「だーって新八つぁんが馬鹿なことしてっからじゃん!!」

あぁ、やっぱ、いいなぁ。此の雰囲気。好きだって思う。家族からの愛情なんて記憶に薄い俺が、ほっと一息吐けるような安心する場所。

「――やっと、笑った」

ぽつりと小さな呟きが聞こえてきて、上手く聞き取れなかったから「ん?」って首を傾げたら、「此方の話です」と笑んだなまえの表情は、俺が見たかった柔らかいものだった。


空飛ぶさかな


  もしもこの日が何度も繰り返されるなら



平助くんが離隊を決意する少し前の話

[6/22]
prev next

back
×
「#甘甘」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -