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見えざる一面は腕の中

【土方side】

いつもより夕餉が長引いたのは、流れで宴会じみたものになったからだ。とは言っても飲んでいたのは原田や新八、平助あたりで、俺は一口たりとも口にしちゃいねえが。他の奴らが広間を出るのを見送って、蝋燭の火を消そうとしたとき、ある人物が部屋に帰らずに縁側で突っ立っていたのに気付く。気になって近寄ってみると、月も星も雲で覆われた真っ暗な空を、見上げていた。こうしてみると本当に明かりひとつ見当たらない、いつもより暗い夜だ。そんな夜空を見上げている人物の横顔にあるのは憂いでも微笑みでもない、ただ、「しまった」と書いてあった。
俺の記憶が正しけりゃ、こいつは夜の方が好きだったはずだ。眠れないからと、一人で月見だと言いながら縁側に座っていた夏の夜更けを思いだし、首を捻った。

「おいなまえ、どうした?」
「……、別に何も!」
「何もねえ訳ねえだろ。何してんだ」
「月見ですかねー」
「月どころか星すら出てねえのにか」

そう突っ込んでやれば、少し何かを考えるためのか間を開けて、それでも何も思い付かなかったらしく「怒りませんか」と俺を見た。珍しいな、怒られるようなことやったのかと思いながらも「約束はしねえが、言ってみろ」、その言葉にそこは嘘でも怒らないって言ってくださいよとなまえは苦笑する。

「蝋燭を、きらしてて」
「はぁ?」
「夕餉の後で物置小屋に取りに行こうと思ってたんですよ!だってあんなに長引くとは思ってなくて……」
「今行けばいいじゃねえか」
「……土方さんの、ひとつ貸してくれたりしません?」

へらりと笑って、そう言ったなまえを見ながら、少し嬉しいと思う気持ちが芽生えなくもない。来たばかりの頃は人に気を使ってばかりいた餓鬼が、他人、しかも鬼の副長と呼ばれるこの俺にそうねだるんだから。総司に対する甘さに、とてもよく似ている自覚はある。
別に一本ばかしくれてやってもいいんだが、よく考えれば俺の部屋にも今使っている物しかないことに気付き、頭を掻いた。

「さては土方さんももう切らしてるんですか!それはいけませんね、取りに行きましょう」

なまえに、少しの違和感を覚える。今日に限って諦めが悪く、加えて俺が言ってもないことを無理矢理押し付けるように提案する。あまりにも、こいつに似合わないやり方だ。しかし残り少ないのは事実だったから、仕方ねえなと広間の蝋燭を皿に乗せ一緒に部屋を出た。

「……おい」
「はい?」
「この手はなんだ」
「え?ああ、俺は貴殿方とは違って夜目が利きませんからね!」

あくまで無意識ですと言いたいような口振りに、そして、そう言いながらも離れようとしない様子に違和感が募る。こいつはどちらかと言えば、距離を開けるやつだ。心も身体も、いつも無意識に壁を作る。今だってそうだ。千鶴は既に部屋に戻っているのに関わらず、念には念を入れ平助の弟である態度を崩さない。それは今に始まったことじゃねえが。
そんななまえにしては本当に珍しく、距離は近え、俺が言ってもねえことを決めつけるような口ぶりで言う、そして、やや強引だ。だが嫌と言うわけでもねえから、そのまま何も言わずに物置へと歩いていくと、袖を摘まんでいたなまえの指に力が入ったような気がした。

(ああ、こいつ、もしかして)

ひとつの考えが心に浮かんだが、こいつに限ってそれはねえかと頭を緩く横に振っては戸を開ける。そして中に入り、その戸を閉めた瞬間に俺の予想が確信へと変わる。
ひゅう、と閉める瞬間にすきま風が入り込み、朧気に揺れていた蝋燭の炎が、ふっ、と、闇に溶けた。

「ひゃあっ!!」
「っ?!」

暗くなったことに驚いたんじゃねえ、この声だ。待て、今のはなんだ。俺が発した悲鳴じゃねえとすりゃ、悲鳴の主は必然的にひとりだ。先程まで控えめに摘まんでいた指が、今でお世辞にも控え目とは言いがたく、寧ろしがみつくと言った方が当てはまるように思える。

「……も、やだ……。なに……」

いや、こっちが「なに」だ。弱々しく呟かれた言葉に心の中でそう突っ込みを入れる。「ひゃあ」?以前勝手場で蛞蝓が出たときに、悲鳴をあげる千鶴の隣で冷静に蛞蝓ですねと言っては塩を撒いた女が、いつもいつも総司の影響か口ばかりが立ってきては余裕綽々な笑みを向ける女が、「ひゃあ」?
自然と上がる口角を耐える気は更々なく、何も知りませんと言った声色で「なまえ?怪我はねえか」と尋ねてみせる。それに対し、俺にばれてねえとでも思ってるのか「大丈夫、です。……急に消えたから、驚いた、だけで」と震えを抑えた返事が返ってくる。
こいつの夜目が効かなくて助かったな。もしも効いたなら、今頃こいつの目には笑みを深くした男が映るだろうから。

「早く、火、つけてくださいよ」
「そうしてやりてえんだが、俺もまだ目が慣れてなくてなぁ?」
「っ!暗闇は、見えるんじゃ」
「俺だって、そんなすぐには慣れるわけねえよ」

そこでひとつ思い付いたことがあり、「ちょっと待ってろよ」と言っては離れる。「え?」と顔面蒼白になるなまえに、「なんだ?怖いのか」とわざとらしく聞いてやれば、弱さを見せるのを嫌うこいつは、大丈夫だと手を離す。ここで怖いと素直に言っていれば、こんな目に遭わずにすむのになぁ?お前が頼んだ男が原田や斎藤じゃなかったのが運の尽きだ。

「ひじかたさん?」

わざと返事はしないでおいた。するともう一度、泣きそうな声で俺の名前を呼ぶ声が小屋の中で浮かんでは消えた。俺からはありありと見えるなまえの表情が、既に泣きそうになっている。ひゅう、と吹いた強い風が小屋を揺らすと、面白いくらいに肩が跳ねたと思えばへたりとその場に座り込んだ。

「……ね、がい、ですから、どこですか」
「…………」
「ひ、じ……かた、さん」
「…………っくは」

つい零れてしまった笑みを、こいつは聞き逃さなかった。ばっと顔をあげては「今笑いましたよね?!」と非難の声をあげるものの、それも既に涙を帯びている。俺となってもばれてしまったものを知らばっくれる気はねェ。くつくつと笑いながらなまえに近づいてしゃがんでやると、気配で俺が前に来たことに気付いたのか、恨めしそうに俺を睨んだ。

(本当に可愛いげのねェ女だな)

小屋には小さな穴が開いているらしく、ぴゅうっと音を鳴らして風が入り込んだ。それに対してもやはり跳ねた肩に手をおいて、その手をなまえの後頭部と背中に回す。背に腹は代えられないのだろう、いつもなら何をしているんだだとか言って抵抗するか怪訝な視線を向ける女が、素直にその手を背中に回した。その手は女が男に媚を売るものとは程遠く、子供が母親に縋り付くものに近い。

(――お?)

僅かに震える肩に気付き、抱き締める力を一層強め、また小さく笑った。抱き締められているからか、少し落ち着きを取り戻したなまえはそれを目敏く拾い、「何で笑うんですか」と言うものの、その背中は俺の背中のままだ。

「仕方ねえだろ?」
「私にはまったく仕方なくないですけど」

そりゃあよ、普段まったく可愛いげのねェ女が、泣きそうになりながら自分にしがみついて、自分の名前を呼ぶんだぜ?それを可愛いと思わねぇ男がいたら、俺はそいつの気を疑う。

さらりと髪をすくように撫でてやると、それだけで落ち着くのか、手の力が緩まり俺にもたれ掛かるようになった。

「あとどれくらいで、慣れるんですか」
「さあ?どれくらいだろうなぁ」

あと四半刻くらいじゃねえか?と言う俺の言葉を疑うだけの余裕はまだないらしく、きゅう、と抱き締め返す力が強まっただけだった。

(こいつ、こんだけ細かったか?)
(……ああそうか、こいつも女だったか)

出会った当初が幼すぎて、女だと言うことを忘れていたあたり、俺もこいつ表面の振る舞い方に多少なり飲まれていたと言うことか。近頃年頃の女らしく妙に色気付いてきても、この事態になるまで"それ"らしさを感じさせないあたり、平隊士に性別がばれる心配は雪村と違ってねえわけだ。……もしもばれるそうになれば、それはこいつに一種の感情が芽生えたときだろう。

(まあ、それはねえな)

こいつがその感情を知るには、人間として欠けすぎている。知るだけの余裕は出来ていない。脆い内側を硬い硬い殻で覆うのが精一杯だろうから。

「そういやなまえ」
「……なんですか」
「俺以外の手が触れることもあるかも知れねえぞ」
「?!」
「なにしろ隊士が、見たらしいからなぁ?」
「やめてくださいなんですか、いきなり!!」

俺から体を離そうとするなまえに、わざとらしく「いいのか?」と問いかける。

「さっき泣きついてきたのは誰だったか?」
「泣きついてません、聞き違いです」
「くはっ。そういうことにしといてやるよ」

また抱き締め直すように体を密着させたところで、こいつはただ俺の事を信じてる。縋り付く対象が俺しかいねえみたいに。ああ、面白ェ。今だけは許せよ?お前の弱さに触れたことが、俺自身が思う以上に嬉しいらしい。

それから少しした、四半刻もしない内に、蝋燭を取りに来た総司に見つかったのは思い出したくもねぇことだ。


見えざる一面は腕の中


  可愛いと思ったら此方の敗けだ

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