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羊だって夢を見る

組での朝は賑やかだ。広間で皆揃ってから食事に手をつける。食事中はマナーと言うマナーも守られておらず、弱肉強食奪い合いが当たり前。それも自分と他人のものが分けられている上で行われる事だから、山崎さん達はほとほと頭を悩ませている。
だが今朝の広間には珍しく、遅刻なんて決してしない人の姿がない。これが沖田さんなら珍しくもないのだが、土方さんが遅れるとは本当に珍しい。

「……遅いですね」
「夕べ珍しく島原から帰ってくるの遅かったしなあ」
「だけど一緒に行った皆さんはこうやって来てるじゃないですか」

それとも、夕べ確か土方さんの姿が見えなかったと言うことは、宴会から帰ってきても仕事をしていたのか。いや、それでもどれだけ遅くまで起きていても遅れて来た事は少なくとも私には覚えがない。

「ん?いや、俺達は先に帰ってきただろ。なぁ左之さん」
「あぁ。土方さんまた別嬪さんに捕まっちまってな」
「……、…………。っだあああ!!遅れてくる土方さんが悪ィ!つーことで土方さんの分は俺が食うぞ!な、千鶴ちゃん」
「えっ!で、ですけどもしかすると体調が悪いだけかも知れませんし……」
「新八つぁんはまた女にフラれたからって千鶴を困らせてんじゃねーよ!」

可笑しそうに笑う藤堂さん達から、ちらりと沖田さんに視線を遣る。この人が一番土方さんの扱いには慣れているし、前に障子を開けたら着替え中だったこともあるので男性の方がいいだろう。しかし私の考えを察してか沖田さんがにんまりと笑んだ。……あ、この笑顔は。
その笑顔を同時に察したのは斎藤さんだった。

「みょうじ、俺が行く。総司なら余計に長く掛かりそうだからな」
「うわ、一君ってば酷いなぁ。別に何にも企んでなんかいないのに」
「あんたの"企んでない"は信用ならん」
「そんな事ないよ。大体土方さんが根本的に悪いでしょ。ナニしてたかは知らないけど」
「副長は何も悪くない」
「またそうやって土方さん贔屓する」
「贔屓ではない。事実だ」

終わりの見えない屯所名物犬と猫の言い合いに苦笑して席を立てば、何処行くの?と此方を見た雪村さんに「起こしに行ってきますね!」と返事をした。



「土方さん?」

障子の前に立ち声を掛けても一向に返事が返ってくる気配が無い。おおい、と呼び掛け障子に耳を当ててみると、幽かな寝息が聞こえる。体調不良ではないことに僅かな安堵を覚れば、ここで広間に帰れば沖田さんが面白がって見に行くと言い出すだろうし、そしたら斎藤さんが止める、となると言い争いが始まっては益々食にありつけなくなるだけだと思い溜め息を吐いた。そして遠慮なく障子を横に引けば、スパーンと小気味良い音が立った。

「土方さん、起きてください。起きなければ朝餉の安否は保証しませんよ」
「ん゛ん……」

膝をついて小さく身体を揺すれば、止めろと言うように僅かに眉が寄せられた。眠たいときに起こされると苛立つ気持ちも分かりますけれど、ここで貴方を起こしていかないと広間の騒ぎが大きくなるんです。

「土方さーん」

ゆさゆさと先程よりも大きく揺すってみる。よくそんなに眠れるものだなと、それでも起きない目の前の男性にある種の尊敬を覚えた。この人こんなによく眠る人だったっけ?

……。

…………。

………………さて。どうしたらこの人は起きるんだろう。声をかけても駄目、揺すっても駄目。上に乗る……と言うのは流石に止めておこう。このまま諦めてもよかったのだが、その度あの広間の光景が思い出され溜め息が漏れた。雀の鳴き声が庭先から聞こえてきて、今日は洗濯日和だなと自分はしないくせに思う。
…………ふむ。

「……土方はん、朝どすえ。屯所に帰らんでも宜しんおす?」

そっと彼の耳許へ口を寄せ、そんなことを小さく囁いた。早く起こさなくてはいけないという気持ちに、悪戯心が芽生えたのも否定できない。けれどこれが意外に効果があったようで、ガバッと勢いよく身を起こした土方さんはぐるぐると周りを見回し私の姿を目に入れて大きく息をついた。

「おはようございます。目は覚めました?」
「……お陰様でな」
「それは良かった。朝餉、皆さん待ちくたびれていますよ」
「…………寝過ぎたか」
「とても」

あの起こし方で此処まで慌てた様子を見せると言うことは、ソウイウコトなのだろう。
(……あ、)
どろっと、醜いものが心中に渦巻く心地がした。しかしそうなる理由が分からない。自然と零れた言葉は取り戻せない。この人は女性にモテるし、そういうことをしても違和感はない。寧ろしない方が違和感が残る。男にとって女を抱くと言うのは必然であり、生理現象だと言うことも平隊士の人達と話した際に耳にしている。ただえさえ此所は男所帯で(外に所帯を持っている人もいるけれど)、女と言えば私か雪村さんくらい。言えば抱けるというか、別に思われたいわけではないのだけれど、抱きたいと思われる様な女は何処にも居ない。

「……いくら抱きたくなる様な女性が居ないからと言って、寝坊するくらいまで"お楽しむ"のはどうかと思いますよ」
「は?」

言った後に静かに口を押さえた。いくら零れてしまったと言えど、これはあまりに不躾で失礼すぎる言葉だ。

「……、すいません。言葉が過ぎま、しっ……!?」

ふぅ。と小さく溜め息を吐いて立ち上がろうとした折に右腕を急に掴まれ引き寄せられたと思えば、背に感じるは週に何度か雪村さんが干してくれている柔らかな布団。整った端正な顔立ちと、流れる黒髪の髪越しに見える天井。何か違和感があるなと思えば、髪の毛が下ろされていることに気づく。

「……妬いてんのか?」

そう低い声で耳に口許を寄せて尋ねられ「そういうわけでは、」と言葉を返そうとした途中、やっと今の状況を理解した。おかしいな、そう言うのは大抵好きな人か綺麗な人にする事だと認識があったのだけれど。みるからに、女なら誰でもいいほど困っているわけでもないだろう。

「土方、さん?」
「抱きたくなる奴が、いねえって言ったか。……お前もそんな言葉を使うようになったとはな」
「……」
「本気でそう思ってんのか?」

本気以外に何があると言うのか。しかしここは冗談だったと言っておいた方がいいのか。ぐるぐると回っていた思考回路が途切れたのは、薄いわりに柔らかな何かが私の目尻に触れたときだ。それを唇だと判断できたのは少し経った後。
「は?」と素っ頓狂な声をもらした私に対し、くつくつと土方さんが喉の奥で小さく笑い、何処と無く楽しそうに「固まってんぞ」と口を開いた。しかしその双眸は確かに、男の目をしていた。

「いや、何してるんですか。朝餉があるんですよ」
「そうだな。だが、――もう黙れ」
「……っ」

ひどく整った顔との距離が縮められるが、両手首を押さえつけられている今、抵抗らしい抵抗も出来やしない。苦し紛れに足をばたつかせたところで、あっさりと抑え込まれた。
鼻先が触れ合うと云った距離で思わず私はキツく目を瞑ったが、不思議な事に唇へのそれらしい感触はやってこなかった。

「……?ひじ、かたさ……、っ!!?」

ばたり、と。私の身体の上で力尽きたのか、あれだけ近かった顔が私の顔のすぐ横にある。流石に困惑は拭えなかったが、規則正しい寝息の始まりが聞こえてきて全てが察せられた。

(つまり、寝惚けていた、と)

もう絶対に寝ている土方さんを起こすものか。そう心に決めたある朝の出来事。



羊だって夢を見る


  取り合えずは今のこの状況をどうすればいい


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