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空に埋めた欠片

藤堂さんが非番の日、私と彼は馴染みの甘味処で、いつも食べていた団子を間に置いていた。こうして二人で出て行く事を、御陵衛士の方々は快く思っていないだろう。それを兄弟だからと言う理由で多目に見てくれているのか、

「……団子、食べないんです?」

きれいそのままに残された団子が目について、何気なくそう尋ねれば、ハッと我に返ったかの様に藤堂さんは此方を見ては、「今から食おうと思ってたんだよ」と、何でもなかったかの様な笑みを繕った。そんな笑顔、嘘吐きの私になら殊更に通用するものではなかったけれど、それを暴く事もできず、団子を“いつも通り”に頬張る藤堂さんに、ただ、そうですか、と頷いた。

「って、なまえも食ってねぇじゃん」
「兄上が食べてから、と。弟が先に食べるわけが無いでしょう?」
「……。え?いつも食べてんじゃん」
「さて、何の事やら」

流石に街中と云う事もあり、藤堂さんの"弟"は崩せない。けれど、何時もの様な態とらしい程の空元気は出さず、あくまで"私"だ。いけない事なのかもしれないが、藤堂さんは今、弟なんて望んでいない。
湯飲みを手に取り口を付けた時、ぽそり、と、小さく藤堂さんが呟いた。

「……前にさ、左之さんや新八つぁんとも来たよな」

それは独り言なのか、私へ向けての言葉なのか。分からないままに、ただ、そうですね、と頷いては茶を啜る。ほんのり温かく、甘さを中和させるほろ苦さが口の中に広がって、喉の奥へ飲み込んでも違和感が残った。
天気も、店も、店主も変わらない。変わったのは、此処に在った笑顔が、ふたつも消えてしまっていると云う事。その変化が大きくて、寂しくて、然れど自分で決めた道とだけあって、口にはしない。藤堂さんは御陵衛士として抜ける事を決め、私は藤堂さんについていく事を決めた。私がもしも彼の"弟"などと云う事にしなければ、私はどうしたのだろうか。そう考えたものの答えなんか見えそうになく、あまじょっぱいタレのついた団子を静かに皿の上においた。

「……今度、斎藤さんも誘いましょうか」

嗚呼、私にはこんな事しか言えない。彼の心の支えにもなりやしない。そうだな、と笑ってくれる、彼の笑顔が苦しかった。本当に苦しいのは私ではないと言うのに。此処に居るのが私ではなく、彼の方々ならよかったのだ。
彼の求めているものは、他では埋められないものだ。この人は今、"過去"を求めてる。それが何より辛かった。試衛館の頃は、とても楽しかったのだろう。昔話をする時の表情は、とても和やかなもので、けれど時々思い出したかのように、話の途中で何処か遠くを見るかの様な目をするのだ。

「兄上、食べます?」

あの日の口許に差し出した団子は藤堂さんの手に取られたが、今度は少し意外な事に、そのまま藤堂さんの口の中へと含まれる。ふ、と己の表情が緩むのを自覚しながら「美味しいですか?」と尋ねれば、返事代わりに頷かれる。

「……ありがとな。勿論団子だけじゃなくてさ、えーと……」
「?」
「こうやって団子食ってくれて、嬉しいってことだよ」
「……、俺では役不足でしょうに。ほら、もっと可愛い娘さんとか?」
「馬鹿。そういう事じゃねえの!お前相手だと、固い話も無しだろ?気楽に、食える」

言って恥ずかしくなったのか、頬を赤くして藤堂さんは首の後ろに触れる。
あぁそうか。私は彼等の代わりには成れないけれど、彼等も完全には私の代わりになれない。剣も政も新選組の詳しい動きも知らない私だからこそ、というものが、きっと彼にはあるのだろう。ある人が欠けたことで出来た穴は、その人でなければ埋められない。埋められたとしても、穴が塞がり始めると其れが違和感に感じられ、ぼろりと剥げてしまうものだ。

「……兄上、今度は表通りの茶屋に行きません?」
「んぁ?」
「其処の茶屋も、俺好きなんですよ」

そう言えば、藤堂さんは二つ返事で「行く行く!」と頷いてくれる。穴を塞ごうなんて考えなくて良い。藤堂さんの中に空いた穴が、自然と塞がり始めようとするまで、私は此処にいれば良い。


空に埋めた欠片


  自分の寂しさには目を背けた、

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