オタクな彼女と仮装する 某日曜。天気晴れ。久々の部活休みで、なまえと休日デート。幸せな一日、に……なると、思うとったんやけどなぁ……。少なくとも30分前までは。
「……」
「おうおう侑士くんや。そんな嬉しそうな顔しちゃダメだよ」
「これが嬉しそうな顔に見えたら眼科行った方がええで」
ちゅうかドコやねん、ココ。何やねん、その大荷物。
最初から可笑しいとは思うてたわ。えらい可愛い服来てるし(いや普段から可愛ぇの着てるけど)、メイクもいつもよりバッチリやし(もう少しナチュラルなんが好きやけどな)。いや、それだけやったら彼氏として喜ぶとこやと思うやろ?ちゃうねん。荷物がな、可笑しいんや。ごく普通の休日のデート(勿論日帰り)に対して、キャリーバック。
……、…………。……もっかい言うてええ?
デートに、キャリーバック。
「旅行ちゃうやんな?」と思わず確認すると、「当たり前だよ!」と眩しいばかりの笑顔で返された。せやな、ちゃうよな。ちゃうんやったらそのキャリーバックはどう言うことかな?
着いてくれば分かる、と言う言葉を信じ、いつもより些か積極的ななまえに手を引かれ、それに吊られて早足になりながら駅を進んで、地下鉄に乗って、そして今。
「……付いてきても解らへんねんけど」
「え、嘘!」
「此処で嘘ついてどないすんねん」
「それもそっか。……まず第一印象は?」
「やたら人が多い。酔いそう。あと、なんちゅうか……ツアーかって言いたくなる程にキャリー持っとるお嬢ちゃんが多い」
「見たまんまだね侑士!流石はノーリアクション王だよ!」
「俺、なまえとおるときいつもよりリアクションしとると思うけどな」
「じゃあ足りない」
「……これ以上何をお望みですか」
俺がそう尋ねると、何やら腰に手を当てて、ふんぞり返りながら俺の方を見た。こない身長差あったら上から目線にも何にもならへんけどな。まぁええわ。「私が望むのは唯一つさ」と何処かのアニメの受け売りであろう台詞を口にするなまえに、「あなた様の言うことならば何なりと」なんてノッかる俺も大分慣れてきたよなぁ。ただ、俺がその言葉を言った瞬間、なまえの瞳が何やら嬉しそうに輝いて、「その言葉が聞きたかったんだよ侑士くん!」なんて指を指す。……あ、なんか嫌な予感がする。取り敢えず、人を指差したらいけません、て手を下ろさせた。
「ふふふ……聞いてくれるかね?」
「出来る範囲やったらな」
「さっきは何なりとって言った!」
「……。常識の範囲で頼むわ」
いつぞやのメイド服を思い出して気が滅入るのを表情の裏に隠し、それでも隠しきれない重たい溜め息が俺の口から漏れた。そりゃ確かに男として、好きな子の願い事は叶えたい。せやけど……なぁ。とりあえずある程度の腹をくくって、なまえの言葉の続きを待つ。
「一緒にコスプレしてほしいの!」
「……は?」と、口をついた声は、まんま素。なんて?一緒にコスプレ言うた?コスプレってあれやんな、ナースとかそこら。……一緒にて言うた?
「つまり医者とナースとかそこら辺か?え、ココってそういう集まりなん?」
「侑士もお年頃だねぇ……」
そない染々と言わんといてや。ちゅうか健全な男子中学生なんて皆こんなもんやて。俺まだマシな方やし(多分)。
違うんやったら、ほな何?と最初の質問に戻る。するとなまえは徐に携帯を弄りはじめて、「これを二人でしたいのだよ!」ととあるアニメ画像を見せ……いやいやいや。
「……ちょっとええかななまえさん?」
「うん?何かね侑士くん。発言を許そう」
「おおきに。……、それ、両方女の子とちゃうか?」
「良いところに気がついたね!流石は侑士だよ!!」
「どこがやねん!普通に悪いところやないか……!」
「はじめてこの子を眼にした瞬間、私は侑士しか頭になかったよ。この冷めた眼に、青みを帯びたネイビーの髪。そして極めつけに!なんと眼鏡っ娘なんですよ侑士くん!」
「……勘弁してくれ……。ただえさえあのメイド服でHPが0やっちゅうのにこれ以上何を奪うつもりや」
うわなんかメイド服って言うた瞬間一斉に視線が向いたんやけど。なんやねん。
「あ、そっか……。侑士もそりゃ気になるよね……」
「っなまえ……」
やっと分かってくれたかという安心と共に、少し芽生える罪悪感。えーと、あんな?ほら、男物なら構へんねん。ただ女物って言うのがネックと言うか、寧ろソコに抵抗無い方が可笑しいと言うか……。
「安心してよ!ノーウィッグにさせるつもりもないし、ノーメイクもさせないよ!」
「……は?」
「いやぁ、侑士がそういうコスプレマナーを知っていたとはね。そうだよ侑士くん、ノーウィッグやノーメイクはあんまりお勧めできないんだよ!ただあの日のメイドは自宅だったから気が抜けちゃって、あ、今度はメイクもしようか!」
「いや、あの、なまえさ「それにこの会場は女装もおっけいだしね!」
「そういう問題とちゃう「あ!開場だよ侑士!」
ぐいっと腕を引かれ、俺は総てを諦めた。何でこの子好きなんやろなぁ……そんな事を考えてうっかり遠い目になってしもたけど、なまえはそんなことに気付くはずもなく眼をキラキラさせとった。……可愛えなぁ、なんて思う俺もよっぽどやな。
そして、受付を済ませ、服を手渡され、更衣室でこの人の女装アウトやろって思うような人も見ながら(人の事言われへんと思うけど)、着替えて外に出たら……
「……なまえ、やんな?」
「正解だよ!それにしても侑士本当可愛いね!さぁメイクを済ませようか!!」
いや可愛いんはどっちやねん。日本人(いや、世界中か?)に似合う筈もない人工的な髪色が、何でこんなに似合っとるんや。思わず見惚れとった間にメイクは済まされて、真顔で俺の方を見るなまえに首をかしげた。俺なんか変な顔しとったやろか?(そうやとしたらポーカーフェイスの名が泣くわ)
「どないした、」
「ふおおぉぉぉおおおん!!!なさらまぁgpdらはjpさわぷわしjmwgpdふじこふじこ」
「頼むから日本語で話してくれ……ってこの下り前もやったな」
取り敢えず、ふじこっちゅうのは聞き取れたわ。……不二子?ああ、あの人の脚めっちゃ綺麗やなぁ。ルパンは幸福者やで、ほんま。
「ちょっと私着替えてくるよ。女として色々負けた気がする」
「いやいや。ちょい待てや」
「なんだね!彼氏の方が綺麗だったときの彼女の気持ちが分かるか!!」
え、なんで俺怒られてんの。理不尽な世の中やで、ほんま。いくらなまえが可愛えって事を伝えても、なまえは耳にも入れへん。仕方ないから話題を変えるべく、「ほういや今日ってこれ着るだけなん?」と尋ねると、ハッと我に返ったように「そうだよ侑士!」と俺の肩を揺さぶった。
「グッズを買いに走らねばならんのだよ!あのブースにある素敵なサークルさんのラミカを一緒に、」
「すまん、なまえ。解らへんわ」
日本語の筈やねんけど、日本語やないように聞こえるんは、俺が悪いわけやないやろ。まず、サークルて大学のもんやろ?そんで、らみかて何や。
取り敢えず着いてくれば分かるよ、となまえに手を取られて不覚にもときめいてしもたところ、「あの」と僅かに高ぶっているのが分かる声が掛けられた。
「お写真、いいですか?」
「は?」
「あ、勿論ですよー!お願いします」
いや、何が?写真?は?
なまえのこの格好をか?
困惑してる俺を他所に、なまえは手慣れた様子で「侑士、こっち」と俺の手を引きカメラの前で笑顔を見せる。この様子で確信したけど、この子絶対コスプレ経験が一度二度やないってことやな。カメラを持ってる男には悪いけど、俺が一緒なんが運の尽きってやつや。
「堪忍。今日は撮影禁止やねん」
カメラを掴んだ俺は、自分でも冷えた声だと言う自覚はある。男の肩がビクリと震え、傍に居るなまえもキョトンとした顔を此方に向けていた。
「行くで、なまえ」
「え、ちょ、侑……っ!」
逆になまえの手を引いて、まだ人気の少ないところへ連れていく。俺の雰囲気を察したんか、「侑士?」と俺の名前を呼ぶなまえの声が不安そうだった。
「……着替えてくれん?」
「え」
「心狭ァてすまんな。ただ耐えられへんねん。あんな男共に写真撮られるん」
「あ、……そっか。侑士は女装姿撮られるわけだもんね。その写真見て興奮されても嫌、」
「ちゃうわ」
ああもう、何で解らへんかなぁ。
「なまえが撮られるんが、嫌」
俺が独占欲強いの、この子知らへんかったっけ?そう言うと、なまえは少し驚いたように丸い双眸を皿にして、ふにゃりと柔らかく笑った。
「…………やきもち?」
「それも質の悪いな」
「へへ。そっか、それなら今日は撮影禁止にするよ」
「俺としてはこれからも着ること自体止めてほしいわ」
「んー、善処します」
でも、撮影禁止レイヤーにならなってもいいかな。
なまえの言うことは未だにいまいちよく解らへんけど、"撮影禁止"と言う言葉に少し安心して、掴んでいた手を離した。ほな、そのらみかっちゅうの買いに行くか?と尋ねれば、そうだね、て嬉しそうに笑う。
それが、髪色や顔立ちがいつもと違っても、やっぱりなまえやなぁと思わせる笑顔で、抱き締めたくなる衝動を抑えながら頭を撫でた。
オタクな彼女と仮装する
醜い感情を融かす人
「こら侑士!ウィッグが崩れるでしょうが!」
「……(怒られてしもた)」
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