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てのひらの温度

いつも朝餉の前には既に見える筈の姿がなかった。いつもなら中庭で早朝から斎藤と一緒に木刀を振るっている奴の姿が何処にも見当たらない。斎藤に聞いても「俺も今日は見ていない」という返事だった。

(つまり、まだ寝てんだな)

珍しい事もあるものだと頷いて、既に朝餉の準備が殆ど出来上がってると言うこともあり、朝餉にも遅れてくるんじゃねえかと思えば俺はその人物の部屋へと向かう。かといって女の部屋に入るのは流石に不躾じゃねえのかと思いもしたが、辺りに千鶴の姿は見えない。朝から土方さんの怒声を聞くのも勘弁して欲しいところだからこそ、そいつの部屋の明かり障子に手を掛けた。一応名前を呼んでみたものの返事はない。ゆっくり障子を開けると、布団は案の定膨らんでいる。

「……にしても、寝入ってんなぁ……」

覗く寝顔は年相応っつうか、どちらかと言えば幼い。普段の物言いや態度が大人びているせいか(と言っても平隊士や千鶴の前では平助の弟として幼いんだが)、更に幼く感じられる。とりあえずその穏やかな寝顔から体調が悪いわけではないのかと感じとり安心して頬が緩む。
そしてだ。ここまで眠ってる姿を見りゃ総司じゃなくとも悪戯心と言うもんは芽生える。

「……なまえ」

頬をつつけば、ふにふにと想像以上に柔らかい感触がする。何となく気に入って暫くつついていたんだが、「んん……」と、くぐもった声が漏れるだけで、起きる気配は全く無い。昨日の夜何してたんだ?と首を捻る程だ。
そのまま指を頬に滑らせ耳に触れると、流石に擽ったかったのかなまえは少しだけ身動いだ。耳に弱いのか、と心の中で思っては耳朶を指で挟んでみる。次は少し顔が顰められ、なまえの手が耳の傍に寄せられ俺の手を退けた。

「何つうか……お前、意外と無防備だよなぁ」

それが俺の前だけなら少しは嬉しいんだが。そう小さく付け加えた時、なまえの瞳が薄く開かれた。聞こえたか?と内心焦りにもよく似た感情が滲んだが、何を焦ることがあるんだと言うことに至る。

「んん……?……」
「おう、起きたか」
「……ねむ、た……い」

覚醒しきってない頭で、少し舌ったらずな言葉に隙のある雰囲気。自分で言うのも何だが色事には慣れている。そんな俺でも少し唾を飲むくらい、あどけなさと色香の入り交じった……ってちょっと待て。何を考えてんだ俺は。相手は妹と呼ぶのがちょうどいいくらいの歳の差で、だからとは言え女盛りとも言える、こんな男所帯で男の格好さえしてなければ嫁に行っても可笑しくない歳だ。

(普段が"あれ"だから、余計に……なんだろうな)

普段の姿には付け入る隙のひとつもない。まぁ、なんだ。野良猫が一気に飼い猫の様な一面を見せたと言うべきか。もしも俺が千鶴や事情を知らない人間だとすれば、未だに布団の中で目を擦ったり夢と現を行き来したりする様子なんて見せねえんだろうな。そう思うと優越感も少しは覚えるって言うのも無理がない。

「あれ……、はらださん……?」

ようやっと俺の姿を認識したらしく、「おはようございます?」と、やけにぽわんとした雰囲気で首を傾げるものだから、素直に可愛いなと言う意味を込めて頭を撫でてやる。

「お……っ?」

予想外だ。まさか手に頭を摩り寄せてくるとは思わなかった。これまで寝惚けているなんて、一体夕べ何をしてたんだと思えば、枕元に一冊の本が置かれてあった。成る程、無理もねえ。

「んー……」

しぱしぱと目を瞬かせる様子から、そろそろ目が覚めてきたんだろう。いつもなら拒まれるんだから、今の内に堪能しておくかという簡単な理由から頭を撫で続けていると、とある物に気付いた。

「ぶっ……!」
「……?原田さん?」
「っく、ははっ……!」

思わず笑い声が漏れてしまえば、後は耐える方が難しい。いきなり目の前の男が噴き出して肩を揺らしている状態に、なまえはやっと頭も目覚めたのか瞳を丸くした。頭には疑問符がいくつも浮かんでいる様に見える。それでも俺の笑いが止まらない理由は、間違いなく、この目の前に揺れる、"あれ"だろう。

「ははっ、悪……っく」

それが、どうしても気になっちまって。そう言って指差したのはピョンと跳ねてしまった髪の毛だ。寝癖が付いてしまったのだろう。跳ねてしまった髪はなまえが少し動く度に小さく揺れた。それが先程から面白くて、しかも本人が全く気付いていないからこそ、それがまた可笑しい。寝癖に気付き、どうしても笑いが収まらない俺を見ていたなまえの表情が何処と無く拗ねたものへと変わる。

「……笑いすぎです」
「仕方ねえだろ?お前の寝癖なんて初めて見たんだからな。……っくく」
「いつも直してますから。……あぁもう、分かりました。他の人には言わないでくださいね」
「当たり前だろ?……っははは!」

こんな姿を知るのは俺だけでいい。
直して行くのか?となまえの寝癖を指で弄りながら尋ねると、当たり前ですと直ぐ様返され、手を退かされた。少し残念だが仕方がない。

「可愛いのにな」
「嬉しくありませんからね」

そう言って唇を尖らせた年相応の拗ねた表情が珍しく、さっきから俺の口の端は緩みっぱなしだ。平助や総司なら珍しくもないが、こいつのこんな表情は本当に珍しい。「そんな顔も出来たんだな」と笑う俺の言葉の意味が解らないと言うかの様に、僅かに眉が寄せられた。

「ところで、起こしに来るなんて珍しいですね」
「ん?あぁ、朝餉――ってそうだ!もう朝餉の時間じゃねえか!」
「は?!人の寝癖笑ってる暇あったんです?!」

「いや、なかったな」と苦笑すれば呆れたような溜め息が溢された。いつもの表情に、つまらねえなとの意を込めて、見た目に反し柔らかい頬を摘んでやると、予想通り理解できないと言うような表情を向けられ、その手は静かに下へと下げさせられる。

「……急いで着替えて広間に行きますから、原田さんは先に行っておいてください」
「いや、着替えるまでは待ってるよ。すぐに起こさなかった俺も悪いしな」
「?何かありました?」
「いや。……寝起きのお前って案外可愛いと思ってよ」

普通の女なら此処で頬を染めるものだが、目の前の女はただ眉を潜めるだけだ。そこがいいんだがな、と思いながら笑みを溢し、ぽんぽんと頭を撫でてから立ち上がっては部屋の外へ出る。少しすればあいつも着替えを終えて出てくるだろう。
たまには起こしに行くのもいいもんだ。と、まぁこれは他の奴には言わなくてもいいだろう。

広間に入った瞬間、土方さんからの怒声よりも先に新八と平助からの文句の声が上がったのは言うまでもねぇ。

てのひらの温度


  今日もいつもと少し違う朝の始まり



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