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追わえて舞った夜の蝶

※死ネタ?
※流血表現注意



とても、優しい鬼だった。少なくとも私にとっては、とても優しい鬼でした。

――千景様千景様!!御庭に桜が咲きました!
――喧しい。それくらい見れば分かる
――お花見しましょう!
――貴様の様な五月蝿い奴と花を見たところで興が乗らん。
――……お花見しましょう。
――いきなり小声になるな、この単純馬鹿めが。……甘味と酒でも持ってこい。
――!へへ。

ああそう言えば、彼の屋敷に沢山咲いた桜はどれも、飲み込まれそうな程に、とても綺麗だった。特に夜桜は、彼にとてもよく似合っていた。そんな彼の傍で、呼吸をするのが、好きだった。

この地に一本だけ大きく咲き誇った桜は、共に見た桜を思い起こさせる。

「――――ッぐ、!」
「がはッ……!」
「千景様!」
「土方さん!」

今までずっと追い続け、見つめ続けた背中が、何故かいつもよりも小さく見えた。

「来るななまえ。貴様ごときがきたところで、足手まといだ」
「っ」

今にも駆け寄りそうになった足が止まる。いつだってそうだ。人間は脆くて弱くて、役に立たないからと、私をいつも後ろに追いやる。言葉はどうであれ、いつもいつも、私は守られて生きてきた。寧ろ、私を遠ざけるような言葉すら、彼の優しさだと言うことくらい理解している。
彼に対峙して立つのは、土方歳三と言う男。その後ろにいるのは、雪村の女鬼。彼の、執着するに値する、鬼と人。

「そろそろ限界なんじゃねぇのか?鬼の大将さんよ……」
「は、馬鹿な事を……。貴様ごときにやられるとでも思っているのか」

そうしてまた、白刃が交わり、土方の身体からは血が流れる。その様子はただただ異様だった。鬼でもない、人間の身体の傷が塞がるのだ。白髪の男二人が、剣を交えるのは、己の誇りと、あの女鬼のため。

(雪村の女鬼しか映らなかった瞳に、紫紺の瞳が、現れた)

結局、女鬼でもなく彼と渡り合えるような剣など持ち得ない私みたいな存在が、彼の眼に映る筈もないのだ。彼が蝦夷に来る目的なんか知っていた。それでも、ついていきたかった。九ちゃんや匡ちゃんの止める言葉を振り払って、この背中を追いかけた。

――何故、人間ごときが此の様な場所にいる?
――……?おにいさん、だぁれ?
――風間千景だ。貴様は何故、鬼の住むこんな山奥へと辿り着いた?
――?わかんない、けど、父さまと母さまも、むかえに来てくれないの。あのね、村のちょうろうさんとね、村のおじさんたちにね、運ばれたの。でもね、
――……生け贄か。もういい。分かった。貴様、名は何と言う?
――みょうじなまえ!
――そうか。ではなまえよ、俺の屋敷に来るか。

そう言って差し伸べてくれた手は大きくて、もう顔も朧気にしか思い出せない両親から聞いた鬼の話とは違い、随分綺麗で優しい人なのだと思った。それが私の、単純にも今に続く初恋だ。本人曰く、あれは単なる気紛れだと、後に語っていた。(「千景様の天の邪鬼!」「喧しい」)

例えあの綺麗な瞳に、私が映ることがなくても、貴方の傍にいたいと、それだけを強く思っておりました。

「――――!!」

なのに。

「ち……かげ、様?」

白刃が、彼の身体を、貫いた。

「っあぁぁああ!!!!」

弾かれた様に、地に膝をついた彼の元へ駆け寄った。急所を外れているかなんて分からないほどに、彼の服が赤い物へと染まっていく。鬼の力でも塞がらない傷。その意味が分からないほど、私は無知ではなかった。

「千景様!千景様!!」
「……ッ相変わらず……喧し、い。静かに……できぬのか」

彼の瞳に映る女の表情は、とても情けないものだろう。くしゃくしゃに顔を歪め、それでも一心に彼の名を呼ぶ。何度も何度も呼び続けた、大好きで大切な人の名前を。千景様、千景様、ちかげさま。
強くて、優しくて、愛しい人。

その人を傷つけたあの男を、私は一生許せないだろう。

「――千景様、御許しを」
「何……?」

「待ってください」その私の言葉に、男と女の肩が僅かに揺れる。

(守られて、ばかりだった)

彼の後ろで、ただ好きだと言う感情ひとつで着いてきて、盾にすら成り得ないのに。きっとこれは私への罰なのかもしれない。それならば、最期くらい、愛しい人の敵をとって、死んでいきたい。

(貴方は、此の姿を、嫌うだろうけれど)

懐から取り出した赤い液体。目の前の男も女も、そして、千景様ですらそれを凝視した。

「貴様ッ……!"それ"を何処で、」
「ごめんなさい、ごめんなさい、千景様。最期くらい、貴方の好きだと言ってくれたこの髪で、居たかったけれど」
「なまえ!!止め――」

千景様の声を降りきるように、変若水を喉の奥へと流し込んだ。その瞬間想像以上の苦しみが私を襲いかかり、地に落ちた瓶が、パリンと音を立てて割れる。

――貴様のその髪の色は、悪くない。

私の髪の色は、あの村では物珍しかった。だからこそ気味悪がられ、五つに成る年に生け贄と称され山へと送られた。そこで彼と出会い、沢山の世界を知った。都では私の髪色は大して珍しくもなかったことや、綺麗な着物、髪飾り。ねぇ、千景様は知らないでしょう。あの言葉がきっかけで、私は髪を伸ばし始めたんです。

「――っは……、……」

嗚呼、嗚呼。私の髪色が白へと染まる。

「千景、様……」

私の姿を映し、見開かれた双眸に自虐的に笑った。「救いようもない愚かな人間だ」と、発せられた声は掠れ、「そうですね」と頷いた。

「……恋に落ちた女は、誰でも愚かです」
「馬鹿が……っ。止めろ、愚かな真似は、するな」
「愚かな真似なんて、しませんよ」

私を止める力も、もう彼には残っていない。彼の身体を抱き締めると、止まることを知らない血が私の身体も濡らしていく。いっそこのまま、二人で夜に成れたらいいのに。いや、それより、私の血をあげるのに。私の命をあげるのに。どうして、どうして。どうしてこんなに綺麗な人が死んでしまわなくてはならなかったのか。
「なまえ」、と、私の名前を呼ぶ声がはっきりと耳に届いた。そうして、私の涙を拭うように当てられた千景様の指は、地に落ちた。

「っあ……ぁ、あ……!!」

溢れ出る涙を止める術なんて、誰一人として教えてくれやしなかった。愛しい人を、生きる意味を無くしたときの痛みを、埋めるものなどありはしない。そうして立ち上がった私は、千景様が腰に挿していた刀を、抜いた。心に残るのは、千景様の時折見せた優しい笑みだった。向き直った先の男に、殺意と憎悪しか沸かない。千景様を殺したあの男が憎い。そして、その元凶であるあの女鬼も憎い。
そしてそして何よりも、守られ続けてきたこの身が憎い。よくも、よくも千景様を。よくもあの綺麗な人を。

殺意を察したのか、男は女鬼を庇うように刃を向ける。もう、然程力も残っていないくせに。

「千景様の仇、此処で討つ!私は、お前を許さない。――土方歳三」

乱雑に涙を拭ってから、化け物と化した私は土方歳三を目掛けて駆け出した。死んだって構わない。この人の敵が討てたときは、この刀でこの身すらを貫こう。そうしたら、あの可愛い顔した女鬼にも、愛しい人を亡くした苦しみを味あわせる事ができる筈だ。

ねぇ、千景様。千景様は、復讐の鬼と化した今の私を見て、紛い物だと嘲笑ってくれたでしょうか。



追わえて舞った夜の蝶


  蝶の羽は地に堕ちたか否か



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