ep ゆめのあと あれから私は、"念のため"に検査を受けるために一日入院を言い渡された。私が目が覚め、元気そうにしている様子を見て安心した両親は既に仕事へと向かっている。一日とはいえ、退屈なのは退屈だ。新学期が始まって早々これか、と重たくなる気を払拭すべく私は一階にあるコンビニへと足を運ぶためエレベーターを降りた。
一階の待合室には大きなテレビがある。テレビなんて部屋で見ればいいんだろうけど、番組が流れていたら何気なく足は止まった。
テレビのテロップに表示されていた見出しは、「新撰組の謎に迫る」。それも結構マニア向けのものらしく、専門家が解説しているところだった。新撰組に特別な興味はないが、何故か、新"撰"組という文字に引っ掛かる。新撰組?彼らは、新"選"組ではなかったか。いや、そもそも、――彼等?まあ気にしたところで仕方ないかと、早々に画面から視線を外した私は、直ぐにもう一度画面へ目を向けることとなる。その理由は、コメンテーターの言葉にあった。
「新撰組は男所帯と言われていますが、実際どうだったんでしょうね?藤堂平助の弟である椎名紗良が女性であったという説もありますが」
――椎名紗良?
「後に永倉新八の語りから浮上した説ですね。まぁ確かに証言的にも解らなくもないですが……、なんせ椎名紗良にも本人の写真がなく、謎に満ちた人物ですから。それに新撰組の間では一時期衆道が流行った、とも言われておりますしね」
自分と同姓同名の歴史上の人物なんて初めてだ。もしかすると両親の内どちらかはファンだったのかもしれないな。そんなことを考えながら、私はコンビニへ行くことすら忘れまように、テレビの前に立ち止まっていた。
「……嫌になっちゃうなぁ」
そうして僕は本日何度目かも分からない溜め息をついた。ただ喘息を持っているだけだと言うのに、あの人の心配性は"あの時"から何一つ変わらない。大丈夫だと何度言ったところで、念の為の一点張り。遂には近藤さんまで味方につけたんだ。おかげで僕は貴重な休日を潰してまで病院に検査に来ていた。(言い出した本人は僕を病院に送るなり仕事があるとか言って帰ってしまったのだ。)
まぁいい。どうせ今日はもう検査も終わったし、後は支払いを済ませるだけだ。この近くのカフェでスイーツでも食べて帰ろう。そんなことを思いながら、僕は待合室にあるテレビの方へ目を遣る。すると偶然にも、テレビ番組では新選組の特集をしていて、今此処で名前を呼ばれるのは嫌だなぁ、と、そんな僕の思いも虚しく受付の人の少し高めな声が待合室に流れた。
「――沖田総司さん、沖田総司さん」
仕方ないとは言え沢山の人たちの視線が僕に注がれる。日常生活ですら聞き返されるこの名前。それくらい"僕ら"が有名になってるってことなんだろうけど、なにより番組のタイミングが悪かった。ふと、何気なく視線をテレビの方に遣ると、
「――――」
ああ、受付の人の、もう一度僕を呼声がする。けれどそんなことどうでもよくて、僕は迷いなくその足を逆方向へと向けた。
「見つけた、」
未来から来たのだと、男の目をしてあの女の子は言っていた。いつ消えたものかも分からない、急に現れて、急に消えていった女の子。近藤さんにあえて、土方さんにもあえて。平助や一君、左之さんや山南さんにも。みんなに会えたんだから、彼女にもいつかは会えるんじゃないかって。
彼女の傍に寄り、その細い手首を、僕はやっとのことで掴まえたような心地がした。
「――紗良、ちゃん」
だけど彼女の目に浮かぶのは驚きだけじゃなかった。困惑や不安、焦りなどが入り雑じり、彼女にしては珍しく、"誰だろう"とありありと顔に浮かんでいた。
ここでひとつ、僕はかまをかけたんだ。
「……あのテロップ、おかしいよね。しんにょうじゃないと"違う"新選組になっちゃう」
次に帰ってきた答えは、僕の幽かに残っていた期待を粉々に打ち砕いた。
「すいません。私、新撰組?詳しくなくて」
――あぁ、そうか。君は、なにも覚えていないんだ。
「……えーと、確かに私は紗良と言いますが、どこかでお会いしたことが……?」
「あ、いや。ごめんね?知り合いににてたんだよね。まさか名前まで一緒とは思わなかった」
「へぇ、偶然ってあるんですね」
くすくす。彼女は人懐っこい笑みを、上手に繕いながら僕を見上げる。
本当にね。偶然に偶然が重なって、やっとあえたのに、君はなにも覚えていない。
ゆめのあと
またここから始めよう
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