05 一線引く関係 雪村さんが屯所に来た。私がこの世界で生きることが決まった。ああ、喜ばしい筈なのにいつから私は生きる事に対して喜べなくなったのだろうか。そんな気持ちで迎えた朝だった。
私は一応ではあるが、身分を明かしているので雪村さんよりかは監視の眼がゆるい。はるかに緩い。
「紗良君、はいってもいい?」
「はい、大丈夫ですよ」
襖を開いた彼は「おはよう」と笑った。その笑みはいつもと変わらず奥が見えない。
「これ、今朝の炊事当番だからって一君から着物預かってきたよ」
「ありがとうございます」
「着せてあげようか?“男同士”だし平気でしょ?」
「………」
彼は随分と人を挑発するかのように言う。まあこの時代はまだ男尊女卑の時代で、女が男のフリをするなんてもってのほかなんだろう。雪村さんは男装と言うわりには普通に女の子のようだし、その前にピンクの袴で男装だという方が可笑しいんだと思う。まあ、それがヒロインというものだろう。
「1人で大丈夫ですよ」
「へえ、じゃあお手並み拝見しようかな」
「そういうの俺がいた世界では男同士でもセクハラっていえるんですよ」
「?この世界では別に問題ないはずだけど?」
まあごもっともな意見だが、減らず口を言う人だな。郷に入っては郷に従えということか。
まあ幸いにも下着の上にはタンクトップを着込んでいるのでそんなに抵抗は無いのだが。私が黙って脱ぎ始めると、彼は少し黙って「敵わない」と言い残し部屋を出て行った。
「……沖田さんって変な人だ。別にタンクトップ着ているから平気なのに」
斎藤さんが用意してくれた、彼らしい漆黒の着物に袖を通す。案の定、着物は上手くは着れない。どうしようかと迷っていたところ藤堂さんが廊下を通りかかった。
「藤……、兄上」
「?!あ、お、おま……どんな格好してんだよ!」
「しー」
人差し指を口元に当てると静かになってくれたのでそのまま部屋へと呼び込み説明をする。
すると、理解してくれたらしく、「早く慣れた方がいいぜ?」と苦笑しながら言って手伝ってくれた。
「あ、ちゃんとサラシはしてんだな」
「……………………」
下着を外しただけです。との一言は言えなかった。言いたくなかった。
着替えを済ませると朝食をとりにいく。本来の所広間で食べるのは隊士の方々のみなのだが、事情が事情なので雪村さん、それと藤堂さんの弟ということにしている私も広間で朝食をいただく事になっている。
1人の方が気が楽なのだがそれは言わない方がいいだろう。常識的に物事を考えて。廊下を歩いているとにぎやかな声が聞こえてきて、その方向へ眼を向ける。雪村さんが持っていっていたお味噌汁は零れてしまって、そのまま永倉さんにかかったみたいだ。……このままだと雪村さんが雑巾で廊下を拭く事になるのだろうか。そんな私の疑問とは裏腹に、永倉さんが雪村さんの対応に感心したらしく廊下の掃除をするみたいだ。私が「大丈夫ですか?」と聞いたら申し訳なさそうに「大丈夫です、すいません」と言う。
ああなるほど、雪村さんは典型的な守られヒロインということか。女性らしくて羨ましいと思う反面、そうはなりたくないという何に対してのか分からない恐怖感。
とりあえず、この後に副長こと土方さんを起こしに行く役割まで雪村さんは担ってたみたいだが、状況を考え私が変わりに行く事にした。雪村さんは「大丈夫です」の一点張りだが、私もお腹は空いているし、早く朝食に辿り着ける方が嬉しい。
「土方さん」
部屋の前で名前を呼んでも返事が無い。部屋を間違えたのだろうか。いやでも此処だと雪村さんが言っていたのだから間違いはないだろう。已むを得ないが、襖を開けてみようと決心しその戸に手を掛けた。
「おはようございます」
一応挨拶して襖を開けた。土方さんの姿を確認すると同時に、私も驚いたが、土方さんもぱちりと眼を丸め驚いているようだった。
「……何の用だ」
そんなしかめっ面しないでくださいよ。私だって好きで見たわけじゃありません。それに男性の上半身くらいなら、水泳の授業などで見慣れてますって。
「すいません、着替え中とは思わなくて」
「俺が着替えんのも待てねえくらい、急ぎの用件なのかって訊いてんだよ」
「個人的には急ぎですが着替えくらいは待てますね」
そういって襖を閉め、廊下にでる。襖にもたれかかれながら空を見上げると平成の世とそんなに変わらない空だった。ああでもやっぱり飛行機雲はない、なんて当たり前のことを思う。
平成は今、どんな風に進んでいるのだろうか。私はあの時死んだのだろうか。それとも、まだ体は生きており、此処で死んだとすれば帰られるのか。そもそも帰って私は何をする気なのか。また今までのように呼吸を繰り返して、体を休めて、笑って、笑って、笑って、そんなつまらない日々を繰り返すのか。
「……それは、此処も変わら、な、―――っ!?」
後の襖が急に開いたので思わず体の重心が後ろに傾く。ぎゅっと反射的に瞼を閉じたが、痛みは襲ってこなかった。不思議に思い眼を開けると、後に傾いた体はしっかりと土方さんに抱きとめられていた。
「……へえ、やっぱり女の体か」
「あは。俺に対してそんな事言っても得になりませんよ土方さん」
ああ、眉間に皺が寄りましたね。それでいいんです。
「それで?俺の部屋までわざわざ来た理由はなんだ?」
「朝飯の時間なので山南さんに頼まれた雪村さんの代わりに呼びに来ただけですよ。すいません可愛らしい女の子のモーニングコールではなくて」
もっとも“コール”ではないですが。
「もーにんぐこーるっつーのがよくわからねぇが……まあ、雪村に対する嫌がらせも兼ねてるんだろうよ。なんせ、鬼の副長だからな」
「どうでしょうか。他人の気持ちはその人にしか分かりませんので」
そう笑って見せると「他人と線を引く時の総司の笑顔に似てやがるな」と呟かれた。
聞こえてますよ、失礼な人だ。しかし、鋭い人だとも思う。この様子ならわざわざ私が色々しなくとも勝手に離れてくれるはずだ。
広間に行くと、既に他の方々は集っていたので一言詫びた。おひたしを口に運んだ藤堂さんが、「なんだよこれ!」と言うので口に運んでみて、絶句した。文句を言う藤堂さんに非はない。あるとすれば、この味がしないおひたしを作った沖田さんと斎藤さんだ。
悪気があったわけではないということは分かっているが、そこまで舌が肥えているわけでもない私にも分かるほどに、このおひたしは酷い。というより味がしない。結局まあ皆食べたのだが。
「ねえ、椎名さん……」
「なんですか、雪村さん」
「藤堂さんと……兄弟なんですよね?」
あ、しまった、と思った。雪村さんが言いたいことは言われなくともたやすく気付けることで、それを今になって気付いた自分を後悔した。
「……そう、ですね。あ、兄上の方が兄に見えないなんて百も承知ですよ」
あははと笑う私に藤堂さんは突っ込むが、実際雪村さんはそういうことを言っているのではない。
「じゃあなんで……名字が違うの?」
「……………」
ほらきた。自己紹介のときに名字まで言った自分を責める。というよりこういうのはまず自分の頭で考えて何か事情があると思い、空気を読んで発言しないのが当たり前ではないのだろうか。空気を読む国民性である日本人は後の時代からなのか、それとも彼女は意外にも好奇心が強いのか。
女性に嘘をつくのは心苦しいがこれは仕方ない。不可抗力だ。意味は知らないし、どうでもいいようにも思える。
「幼い時離れ離れになりまして……。それで、俺は椎名家にひきとられたんです。まあ両親と死に別れた後、やっとのことで兄上を見つけ出して屯所に来た、ということです」
ほーら悲劇のヒロイン……この場合ヒーローというのか、まあそんなこんなで出来上がり。キュー●ーの3分クッキングよりも簡単だ。実際の所あれは3分以上かかってると思うが。
「あ、す、すいません……!」
「いえいえ、雪村さんが謝る事ではないですよ。ほら、そんな顔しないで雪村さんはいつものように可愛らしい笑顔でいてください」
そういって笑うととても嬉しそうに雪村さんはほころぶ。私に気を使ってか、紗良君と呼ぶようにもなった。
「なあ、平助。あの男前は誰だ?」
「……アイツ島原に連れてったら左之さんより人気あるんじゃねーの?」
「……否定できねえのが辛いな。今度連れてってみるか?」
この屯所での生活に慣れていくしかない。でも、決して馴れ合ってはいけないし、心なんて許してもいけない。一線引いた関係を保つのだ、あの世界のように。
そして尚且つ、ゲームのシナリオ通り男性陣の心を雪村さんに惹かせるようにしなくてはいけない。どうすれば良いのかは分からないけれど、とりあえず、この世界の秩序を乱してはならない。
一線引く関係
それが仮面をつけるルールでもあった、
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