桜とともに | ナノ


57 不要となった仮面の行方

「……着いたぞ」

あれが俺の里だと、風間さんは言った。鬼の里も人間の里も大して変わりない。此処の方がのどかで綺麗なくらいだ。風が澄んで、時折笑い声も聞こえてきて、……どうしてこの方々が、人間の手から逃げなければならないのか。人と言うものはいつも、自分の身と何処か一つでも違う者を排除しようとする。それが、無性に虚しかった。
椎名殿、と声が掛かり、その声の主を振り返ると天霧さんの姿があった。なんだか懐かしいものだなと思い、頭を下げる。

「……椎名の鬼よ。貴様は先に天霧と裏から屋敷へ入れ。貴様の身体は禁忌によって作り替えられたものと言うのは言ったであろう?里の者へ紹介するのには、その辺を上手く片付けた後だ」
「……」
「……貴様の家の者にも話さねばならんのでな。下手な嘘は直ぐに悟られる」
「ええ、解りました。しかし、」
「貴様に対し行った事で俺の地位が危ぶまれるなど、その様なつまらん事は考えるなよ」

言いかけた言葉を当てられ、思わず目を丸めた私に対して「貴様の考える事など解る」といつも通りの自信に満ち溢れた笑みで返される。相変わらずだなと溜め息を吐いてから、私は天霧さんと屋敷へ、風間さんは里の方々の元へと向かった。

「……椎名殿」

屋敷の廊下を歩き、部屋に着いたところで天霧さんは口を開いてから私を見る。なんでしょうか、と互いに正座になって向かい合えば、「先日」と天霧さんの言葉が続く。

「……私は風間に関わらないでほしいと言いましたね」
「懐かしいお話を。あの頃はまだ男だと疑われていませんでしたっけ」

くすくす、と、まるで茶化すかの様に笑んだ私へ、その件に関しては申し訳ないと素直な謝罪が返ってくると逆に戸惑ってしまう。それで、続きは?と促した。

「……確かに血の濃さや結納までの手間を考えれば雪村殿の方が良い。それは変わりません」

天霧さんは案外はっきりと口に出す人だ。……まぁ無理もない言葉だが。片や純血、片や禁忌で創られた血。私を嫁に迎えるため、不自然ではない体を、この人たちは嫌いな嘘をついてまで繕わなければならない。その手間は、雪村さんとの結婚なら必要でなかった嘘だ。

「ですが人と同じ心で見るならば……貴女で良かった」
「……?」
「貴女は聞いたでしょう。風間の意志は、と。風間はあの通り素直ではありませんし、性格にも多少の難があります。……しかし、貴女に執着を見せていたのも事実」
「……からかいでは」
「椎名殿はそこまで鈍くないでしょう。風間は……いえ、これは本人の口から聞くべきか。……とにかく」

天霧さんの大きな両の手が、静かに畳に付けられた。まるで結婚相手の父親――それも嫁になる人の父親を見ているようで、ああ、娘さんを僕にくださいなんて言う男は、父親を前にしてこのような心境になるのかと思っては背筋が伸びた。

「私達に、風間は弱味を見せません。けれど貴女に"風間千景"を見せるのならば――……風間を、支えてください」

あの人が時折見せる、寂しげな表情が浮かび上がった。あの人は私に弱いところを見せるのだろうか。政略結婚でしかない間に、そんな弱味を握らせるのか。
そのつもりですと頷けば、天霧さんは顔をあげた。その表情が何処と無く柔らかく見え、こちらの口許も僅かに緩む。

「……何をしている?」

声の方を向けば、風間さんが襖から姿を見せた。「お義父さんに挨拶を、と」と笑いを交えて答えれば、意味が分からぬと言う代わりに風間さんは溜め息を吐いた。

「……椎名の鬼よ、ひとつ問いたい事がある」
「なんでしょう」
「貴様は、……あの時不知火が土方のもとへ呼んだら、俺の元へ帰ってこなかったか」
「……。は?」
「図星で言葉も出ぬか」
「意味が分からなくて言葉がでないんですよ」

どうしてここで土方さんが出てくる?眉を寄せながら怪訝そうに首を捻れば、風間さんが重く口を開いた。なにやら言いにくそうな様子だ。そして、天霧さんの肩が若干震えているような気がする。

「……風間、素直に言えばどうです」
「喧しい。……下がれ、天霧」

そう言われた天霧さんは、私の肩にポンと手を添えてから部屋を出た。その肩は、やはり僅かに震えていたように思う。

「……貴様は俺に嫁ぐ際、交換条件として土方に手を出さぬ事を挙げたな」
「新選組全体ですけれどね」
「土方は別格だったであろう?」

……。…………。………………あ。

「っくは……!まさか何です?私が土方さんを好いていたと?」
「その通りだろう」
「風間さんって、案外可愛いんですね。……貴方が土方さんに執着を見せていましたので、新選組では無く土方さん個人になら問題ないと言われても厄介でしたから。理由はそれだけですよ」

天霧さんの肩が震えていた理由がようやく分かり、納得した。同じ様に私も肩を震わせながら笑っているのだから尚更に。そんな私に気付き、やや大きな咳払いをした風間さんは「とにかく、これからの話だが」と、少し強引に話を逸らした。いや、こちらが本題か。

「……貴様は藤堂の腹違いの弟、いや、妹と言ったか。その事について詳しく話せ」
「……。母親は、同じです。そして生き別れになった後、兄を探して京の町まで」
「ほう?……椎名の家の先代……つまり貴様の父親は既に亡くなっていたな」
「……そう、でしたか。…………この事を、父上の、本妻は」
「知らぬ。……、椎名の鬼よ。血が薄いとは言え貴様は女鬼だ。貴様を男だと思っていたときは捨てられても可笑しくはないと思っていたが、五人に一人生まれるかどうかの女鬼となれば捨てる者はそう居ない。鬼が行きずりの女を相手するとも思いがたい」
「……」
「貴様が女鬼だと知った貴様の父親は、貴様を連れて行った。しかし他所の女と作った子を妻に知られるわけにもいかず隠して育てた。……そういうことか」
「……だと、すれば」
「真実をどう妻に知らせるべきか、考える。……どうなんだ」

成る程、と、素直に思う。"椎名紗良"と"藤堂平助"が離ればなれになった理由もそれなら納得もできる。 その通りだと肯定するのは簡単なことだ。嘘を嘘で塗り固めるのには慣れている。あの綺麗に笑う少女にすら、私は嘘を吐き続けたのだから。けれど、心に引っ掛かるこのもやもやとした物は何だ。

ふと、思う。私はいつまで、この人に嘘を吐き続けるのか、と。

会ったこともない"椎名"の家の事もここまで考えてくれるこの人に、私を受け入れようとしてくれているこの人に、私は、いつまで嘘を?
"風間千景"と結婚したいと言いながら、私は彼に、"椎名紗良"と結婚させない。私が言っているのはそういう事だ。この身体の事も、本当の生い立ちも、何もかもを私は隠す。

「……風間さん」

それは、とても狡くて、最低で、

「何だ」

私がそんな人間である事くらい、解りきっていたことなのに。

「貴方に話さなくては、いけない事があります」

私の真意を見定める様な風間さんの双眸を見詰めれば、細く長い息を目の前の男が吐き出した。

「……ふん。隠し通すつもりならばそれ相応の事をするつもりだったが、漸くか」
「……、は?」
「不知火がすべき事がある、と言っていたであろう?あいつは椎名家を調べたが、両親は健在。そして、どちらも"娘"の存在を知らぬ」
「……っ、それでしらを切っていたと?」
「嗚呼。貴様が何処まで、その嘘を突き通すのか興味がなくもなかったのでな」
「いい性格をしてる」
「貴様が言うか。……、さっさと話せ」

一瞬躊躇った私を、頭の良いこの人は悟ったのだろう。次の言葉を聞いた時、私は総てを賭けに出すことになる。

「椎名の鬼よ、貴様はいったい何者だ」

数年前に、百五十年先の、平成の世から此処へやってきて、それは"此処"とは違う世で。そんな事を、この人は信じるのだろうか。

「……少し、時間をください」

風間さんは「心の用意が整えば呼べ」とだけ言った後、部屋から静かに出ていった。
此処へと持ってきた風呂敷をほどく手が僅かに震えている事に苦い笑みを溢しながら、中に入った制服を取り出す。あの優しい方々がくれた洋服を脱いで、懐かしい制服に袖を通す。少し、スカートの丈が短くなっただろうか。それともこんな物だったか。髪紐と鋏を用いてあの頃と同じ髪型にして鏡を覗き混めば、まるであの頃に戻った様だった。

嗚呼そうだ。私は、あの人と違う世界で生きてきた。



不要となった仮面の行方


  その事実が、何故だか悲しい

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