桜とともに | ナノ


日溜まりの夢

長い年月を経て出来た溝は、そう簡単に埋まることはない。それは人間も鬼もさして変わらない。けれどそれが兄弟となれば、その場合も然程変わらない。溝を埋めたいけど、どれくらいの距離間でいても良いのかが解らない。そんな葛藤を繰り返し、ゆっくりと戻していくのだろう。血の繋がりがあってこそ、埋められるものがある。

(……兄妹……なんだよね……?)

うん。ざっくりと言ってしまうと、目の前の光景だ。
見事再会を果たした(と言うほど感動的な雰囲気ではなかったが)雪村兄妹。一髪触発な雰囲気ではあったものの、刀を収めさせ、お家事情に口を挟んでも良いのかと悩みつつも間に入り、事のあらましを説明してもらった。その事情を聞いた近藤さんが涙ぐみながら「君も一緒に来るか?」と言う言葉には、雪村さんや薫さんだけでなく私も驚いた。
そんな経緯があって、今、同じ顔が二つ、当惑の色をありありと浮かべながら私の目の前にある。

「か、かお……っ薫……さ、ん、じゃなくて、えーと……かかか薫」
「な、なんだよ千鶴……」
「お、おおお茶要らない、かな……?」
「お、お前が飲めば……い、いいだろ」
「え、えーと!私の分もあるんだ!だから、どうかな?」
「……う」
「え?」
「…………も、貰う。お前も食べるんだろ?その団子」
「……!う、うん!」

なんだあの兄妹。流石の私も微笑ましさを感じますよ。
あんなに震えながらお茶を渡す雪村さん初めて見たな。お盆の上の茶が波立っているのがよく分かる。それにしてもテンパり過ぎていやしないか。いや、そういうものなのか。私が冷めているだけか。兄弟とは言えあれだけ盛大なわだかまりがあると、そうなるものなんだな。そう一人で納得しては、邪魔者はそろそろ退散しておこうと竹刀で肩を軽く叩き動き出そうとするが、

「――――っ!」

視線を感じ目を遣れば、同じ丸い焦げ茶色の双眸が二つ、行くなと口にはしないものの察するには充分すぎる視線が寄せられる。先程からこの眼のせいで何処へも行けていない。私が厠に行くのだったらどうするんだ。

「お、お前も此方に来たら良いだろ?」
「いや、団子も二人分しかないでしょう?だから俺はそろそろ此れにて退散しようかな〜!なぁんて……」
「大丈夫だよ紗良君!!三人分のお茶とお団子持ってきたから!」

まさかの準備済みだよ、まさかの。この兄妹どれだけ二人になるのが気まずいんだ。「それでは失礼して」と人懐っこい笑みを貼り付け二人の傍へ寄る。

そんな日が幾つか続いた、ある夜の話。


「ん……ぅ」

その日は晒を外すほどに寝苦しくて眠りが浅かった。そのせいか誰かの視線を感じ、その方に顔を向け眉を寄せながら眼を遣ると、可愛らしい顔立ちが月明かりに照らされている。雪村さん……いや、雪村"君"の方か。かおるさん?と若干掠れた声で尋ねかけると、何かを言うでもなく布団に潜り込んできた。……。…………?いやいやいや。

「ちょっと、流石の俺も目覚めますから!衆道の気は一切な、」
「煩いよ。……とにかく独りでいたくないんだ」

よく見ると、男の子だけあって雪村さんより少ししっかりとした肩が震えているようだった。それを見て追い出すほど無下な事はしたくない。黙って同じ布団に背中合わせで収まった。何も聞かず、私は言い出すのを待つだけだ。

「……こんな日が、来るって思わなかった」
「そうでしょうね」
「だからだろうな。……少し怖くなるのは」
「ええ。……自分には勿体無い、いつ崩れるか解らない。そんな思いって消えませんよね」
「うん。やっぱりお前って俺とよく似てるよ」

だからお前のところに来たんだ。その言葉に、あぁ、と納得の声を出した。大切な妹にこんな姿見せたくなかったんだろうな。「俺も似ていると思ってました」「近藤から聞いた」あぁそうですか。

「……。どうして、俺を助けたの?」
「……正義の味方ぶりたかったから?」
「真面目に言えよ」

少し声色が不機嫌になったことを感じとり、バレないように小さく苦笑漏らす。別に冗談で言ったつもりもなかったのだけれど、そうだなぁ。

「貴方が、存在理由が無いと言ったから」

それが俺と重なって、そのまま散ってほしくなかった。そんな身勝手な理由です。
そう言葉を続けると、ややあって薫さんが口を開いた。

「……夢を見たんだ。昔の夢をさ。忌々しい夢だった」
「あぁ、それで、独りは嫌だと」
「前までは独りで耐えられていたんだ。だけどお前がこんなぬるま湯みたいな処へ、連れてくるから」
「連れて行くと決めたのは近藤さんですよ。それに、悪くはないでしょう?」

肯定の返事が返ってきて口の端を緩める。明けない夜は無い、と、らしくもない事を思いながら、そっと眼を閉じた。自分とは違う心臓の音が私の体に響く。彼も同じ事を思っているのかもしれない。人としてちぐはぐな私達はこうやって埋めていくのだろうか。それとも傷を舐め合うだけか。今夜はやけに静かで、互いの存在以外が耳を通らない。まるで世界に私達しか居ないみたいだと馬鹿なことを考えた。

「……なぁ、お前はこれからどうするんだ?どうせお前の事だから、此処から出ていこうとか思ってるんじゃないの?」
「……、薫さんは?」
「俺は千鶴を連れて出ようと思う。ずっと土佐藩に居たから、今の情勢は解ってる。このまま、……」
「――泥舟に大切な妹を乗せられない、と?」
「っ?!お前、知ってるのか?」
「少しは。……だからこそ、お荷物のいない状態で、あの方々には力の限りを尽くしてもらいたい」
「……」

くるりと寝返りを打って薫さんの背中を見つめる。それに気付いた薫さんも同じ様に此方を向いた。本当によく似た顔をしている。初めて逢った時よりも角が取れた雰囲気に自然と口の端が緩まった。

「……なぁ、椎名」
「なんでしょう」
「お前も一緒に来ない?」
「…………薫さんと、雪村さんと?」
「俺はさ、千鶴と雪村の地で人間と共生しながら、ゆっくり雪村の家を再興しようと思う」

ふっと薫さんの表情が緩まった。初めて見る柔らかい表情に、思わず見いってしまう。月明かりに縁取られ、美しさと可愛らしさが共生していた。

「共生しようと思えたのは、お前のおかげかな」

それにお前がいると千鶴も喜ぶと思うし……、と言葉を続けながら、ふとそれが止まった時、「あぁ、だけど」にっこりと向けられた笑みは背筋が凍るような笑みだった。

「千鶴に手を出したら、殺すからな」

なんとまぁ物騒な。女なのに、と言う言葉は内に留め「出せるわけないですよ!」と必死に首を横に振る様子を繕った。
それにしても、雪村の地か。確かにそれもありかもしれない。ただ、それだと性別はもう偽れないな。あぁだけど二人してその道を選ぶなら、もう私はヒロイン以外の存在がどうとか、考えずに済むのかもしれない。うとり、と瞼が重たくなったのに気付いたのか「眠たそうだな」と指摘された。寝苦しさがもう消えている。雪村さんじゃこうはいかないだろう。同族の空気と言うものでもあるのだろうか。

「……かおるさん」
「なんだよ」
「存在理由……見つかりましたか」
「……、そう簡単に解る筈ないだろ。ただ、今は千鶴をこうやって見守れる。それだけで満足かもしれない」

その返答にひどく安心して、そうですか、と返事をする。

「だからさ、お前も焦らなくていいんじゃない?」

おや、これは予想外だ。そういえば先程から、この人の前で"椎名紗良君"としての態度を取っていない。声は辛うじて男の声だが、見せている言葉は全て本心だ。「ん?」と態とらしく、言葉の意味がわかってない様な態度を偽ってみる。

「存在理由。まだ分からなくても、いつかは解る日が来るだろ」

言った後で気恥ずかしくなったのか、赤くなった顔に眉が寄って「それだけだから!」と言って背中を向けられる。可愛い人だなと素直に思いながら、華奢な背中に指先で触れ、小さくお礼を述べて目を閉じた。先程までの寝苦しさが嘘のように、眠りの中に吸い込まれていく。

「……御休み、紗良」

眠りの中でそんな声が聞こえたような気がした。


「……ん。……、……あれ?薫さん?」

目覚めるともう東の空が明るくなっていた。夜ほどではないにしても寒さの厳しい中、薫さんが布団の横で胡座をかいて此方を見ていた。眉が盛大に寄って、何処かの副長さんに似ている。……若干、頬が赤いようにも見えなくもない。風邪でも引いたのだろうか。だとしたらどれくらい長く布団の外でいたと言うのか。

「あの、薫さ、」
「……いてない」
「は?」
「女だなんて聞いてないぞ!!」
「!」

流石に驚いて布団から出ては、その小さな口を掌で塞ぐ。何故バレたんだと思い視線を落とすと直ぐにその原因が明らかになった。

(晒、外してたんだった)

きっと身体が当たったりしたのだろう。はぁ、と溜め息をついて苦笑しながら薫さんに視線を向ける。
取り合えず私の朝は、この人に今までのことを説明することから始まるらしい。


日溜まりの夢


  きっと人は、こういうのを幸せと呼ぶのだろう


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