桜とともに | ナノ


35 虹になりたがった雨雲

さあっと風が吹けば、桜が宙を舞った。それが私を包み込むようで、何故かゾクリと背筋が冷えた。沖田さんにこれからの旨を簡潔に伝えると、「そう」とたった一言だけ呟かれ、その目はどこか遠くを映していた。

「紗良君!」

ぱたぱたとあちら側から走ってきた雪村さんの息が切れてる。「ど、どうしたんですか?」と態とらしく目を丸めれば、「あのね」と不安そうに私を見つめる。

「本当に、新選組から出ていっちゃうの?」
「……そう、ですね」

ああやはりその事かと内心で思いながら、寂しげな微笑を浮かべる。
昨晩、雪村さんの部屋に羅刹が入った。その騒動が原因で部屋に入った伊東さんと、同じく部屋にいた山南さんと鉢合わせ、そこからが大変だった。伊東さんは当然の事ながら納得のいく説明を求め、その挙げ句前々から予兆を見せていた離隊を申し上げた。当然、私も共に。

「なんで?」
「……折角、兄上と再会できたと言うのに、離れられるわけがないでしょう?」

そう言えば、雪村さんはキュッと唇を結び、それ以上は何も言わなかった。ただ、「元気でね」と震えた声で言った彼女に、「雪村さんも」と微笑を貼り付け一礼し、兄上が呼んでいると門へ向かう。もしもここで振り返ったとすれば、彼女は泣いているのだろうか。

「……っ紗良!」
「梅さん!どうしたんです?」
「どうしたんです?じゃねえよ!……本気で出ていくのか」
「はは、そこまで回ってるんですか……。はい。兄上が行くので、俺も。理由はそれだけです」

苦笑してそう答えると、「あいつらもいるんだぞ」と梅さんの顔が一層曇った。あいつら。その単語を聞くとあの夜の事が思い浮かび、ぞわりと肌が粟立つが、そんな弱事を言っていられないのが現状だ。

「それは遠慮したかったことですけど、まあ、なんとかしますよ!」
「そうか……もう、決めてるんだな」
「はい。またのときまで、元気で」
「お前もな」

互いの右手で握手を交わすとニッと梅さんが眉を下げたまま笑う。それがあまりに辛そうなので、作り笑顔が下手ですねと言いはしないものの苦笑した。すると梅さんが私の後ろの方へ視線を向け、ぺこりと軽く頭を下げた。その視線を辿ると斎藤さんの姿。「椎名、早くしろ」と急かす言葉に「せっかちな男は駄目ですよ」と笑ってみせた。

「椎名、あんたは良かったのか」
「なにがですか?」
「……平助の弟でもなければ隊士でもないのに、なにも伊東派につかずとも」

門を少し出たところで、声を落として言う斎藤さんに、野暮なことを言いますねと笑ってみせた。本当に、野暮なこと。当たり前の事。

「全ては自分が始めた嘘からですよ」

だから付いていく、それだけ告げると自分を呼ぶ声がして歩幅を緩めた。振り返り「どうしたんです兄上」と微笑んだ。私が付いていく、本当の理由。

「お前、良かったのかよ」
「はは、兄上もそれですか。心配せずとも、俺は隊士としては身を置きませんよ」
「はぁ?」

あの晩が明ける頃、伊東さんの部屋へと呼び出された私は想定通りの誘いをかけられた。それはあのときと同じ、御陵衛士として来ないかと言うこと。あのときと違うのは、既に藤堂さんの意向が決まっていたこと。私は、ある条件を提示し、その誘いに乗った。まあ伊東さんが手放しで紗良君を欲しがっていると言うことを過信した……いわゆる賭けだったのだが。
それが、御陵衛士にはならないと言うこと。もとより"紗良君"は藤堂平助の弟――つまりは隊士ではなく新選組にいた訳なのだから、そこは譲れない。その事をとても申し訳なさそうに言えば、少し悩んだ素振りは見せたものの、「仕方ありませんわね」と伊東さんは首を縦に、一度。

「俺はあくまで兄上に付いていくだけですよ。難しいことなんて、分からないですからね!」
「でも、お前はそれでいいのかよ」

藤堂さんが、私自身に尋ねていることがわかる。しかし私が紗良君のスタンスを崩せないのは、気を張るためでもあったのだろう。

「言ったじゃないですか。独りにはさせないと」
「……っ!」
「信じてなかったんです?」

態とらしく唇を尖らせたが、言葉自身は真実だ。あの夜、あの星の下で私は確かにそう言ったのだ。ひとりにはさせないと。

「だ、だってさ、一君もいるわけだし……」
「弟は要らないってそう言うことですか!心外ですよ兄上!!」
「そういうわけじゃねえって!!」

一君もいる、か。斎藤さんは今回はただのスパイで、実際のところ、藤堂さんはひとりなんだよ。それは絶対に教えないけれど。

「紗良」
「はい」
「……ありがとな」
「俺が、決めたことです」

貴方の弟となったのも、貴方をひとりにさせないと言ったのも、貴方があの夜を味わう道を選択したのも。すべて、すべて私が自分の意志で選んだ道です。掌に降りた桜の花弁が、ひらりとどこかへ飛んでいった。



虹になりたがった雨雲


  貴方をほんの少しでも救えたとすれば、



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