28 溺れるのならば空に 島原潜入調査当日。私と雪村さん、そして幹部の方々は千姫さんたちとの待ち合わせ場所に来ていた。ぱちり、と目が合ったので、ぺこりと一礼。
「千鶴ちゃん!紗良くん!」
「お千ちゃん、今日はよろしくね」
「勿論!2人に似合いそうな着物を君菊と悩みながら選んだんだもの、とびっきり可愛くしてあげる」
「……お手柔らかに」
はは、と苦笑しながらそう言うと「どうかしらねー」なんて可愛らしい笑顔で笑ってきた。そんな屈託のない笑顔を向けられて悪い気はしないね、劣等感はあるとしても。
「じゃあ早速紗良くんはこっちの部屋に、」
「姫様、流石に男の着替えを姫様にさせるわけにはいきんせん」
「でも、お菊。紗良くんは着方を知らないでしょ?」
「しかし……」
あ、確信。この人やっぱり話を聞いていたと言うか、見張っていたんだ。まったく山崎さんは何をしておる、ぷんすか。……ぷんすかって寒いな。
「あの、俺も長襦袢までは自分で着させてくれた方が嬉しいです。女性に見られるのは……」
「……紗良君がそう言うなら……じゃあ、着終わったらお菊に声掛けてね」
分かりましたと一礼し、用意してくれていた部屋へと入る。そして、手渡された着物のセットを広げ、中から長襦袢等を取り出した。この場合、サラシは巻いておいた方がいいのか、外した方がいいのか、それともサラシをした上で手拭い等を詰めればいいのか。……詰めよう。
長襦袢まで着て君菊さんを呼ぶ。「その胸は?」と聞かれたので、手拭いを少し見せると「よう頭がまわりますなあ」と上品に笑った。
「さっきから気になっていたんどすけど、その荷物の中身は?」
「あー、これ、使えますか?」
中から取り出したのは沖田さんから頂いた黄色の着物に、藤堂さんからの簪、原田さん永倉さんからの香。それらを見た君菊さんは「そら使えますけど……」と言いながら目を丸めた。
「椎名はん、なんで持っとるんどすか?」
「……からかい半分でいただいたんです。ただ付ける機会なんて当然ながらありませんので、今回驚かせてやろうかと。……勿論、女に化けさせてもらえるというの前提ですがね?」
ニヤリと挑戦的に笑って見せると、コロコロと君菊さんは「おもしろい人どすなぁ」と笑う。相変わらず綺麗な人だ。
「あと、廓言葉?を教えてもらえたら助かります」
「よう知っとりますなあ。ほな、話ながら教えますえ」
それから一時間強くらいか、君菊さんが化粧も何もかも終えた私を見て、ほう、と息を吐いた。
「えらい別嬪さんになりおしたなぁ……」
「ほんでありんすか?それを聞いて安心しんした」
「廓言葉も大方合格どすえ。新選組はんの処には、なんて見せに行くんどす?」
華やかな華々が咲いている赤とも桃色とも取れる紅色の着物の下からは、淡い黄色の着物が覗き見え、上に束ねられた長い髪にはしゃらりと桜の細工をされた簪、ふわりと香るのは甘くてどこか艶かしい香。
そしてその質問に、一旦声色を紗良君の物にして、にこりと微笑む。
「俺って言うことを隠して」
裏の方へと回り、新選組の方々と既に準備を終えた雪村さんがいる正面から入る。そして、皆さんを目にするとわざとらしく目を丸め、着物の袖口を口許へと持ってゆく。そして声は、紗良君よりも高く、しかし、本来よりも低く。言えば大人たちに媚を売るような、そんな。
「あらぁ、色男さんばかりで驚きんした」
「……君は?」
「ああ、これは失礼しんした。わっちは君菊姐さんをお呼びに来んした、紗雛と申しんす。以後お見知りおきを……よろしゅうに」
君菊さんの笑みを真似てみたのだが、綺麗に笑えているだろうか。それ以前にバレてはいないだろうか。
「おい左之、こんな子いたことあったか?」
「いや……こんだけ美人というか可愛いというか……綺麗なら、逢ったら覚えてるだろうな」
「あの左之さんが覚えてねえなら最近からじゃねえの?」
「平助、そりゃお前どういう意味だ? 」
3人がこそこそと何かを話しており、たまに笑い声が聞こえてくるので私は少し首を傾げたが、土方さんに「おい」と声を掛けられ「へぇ、なんでありんしょ」と顔を向ける。
「今立て込んでんだ。悪ィが出てっちゃくれねえか」
「土方さん。そんな言い方したら帰っちゃいますよ?ねえ、紗雛ちゃん?」
「総司。あんたは女子に対して慣れ慣れし……」
斎藤さんの言葉が止まったかと思えば、「失礼する」と肩を捕まれ顔が首筋に近付く。おいおいおいこれは流石にアウトじゃないのか。あの土方さんと原田さんの、斎藤?!と呼ぶ声が慌てている。
「……この香は、人気があるのか。昔椎名が付けていたのと同じだが」
「え?まあ、そりゃあ……って、この簪……」
「もうひとつ言えば、下の着物に見覚えない?」
沖田さんの最後の一言で、皆さんがピシリと固まった。ああ、もうこれは隠せないか。紗良君の声色にして苦笑した。
「やっぱり、見破られました?」
「はあああ!?お前、紗良ちゃ、」
「今は紗雛ってことにしておきます。名前がないと不自然でしょう?」
「どうも言葉が慣れてねえと思ったら紗良、お前だったのか……」
「流石、詳しいでありんすねぇ、原田はん?」
にやりと意地の悪い笑みを浮かべ、口許に袖口を当てる。「見るからに女じゃねえか」と感心したように土方さんが言うので、「綺麗でありんしょ?」と挑発的に笑う。
「ああ」
「あれ、珍しいですね。土方さんが素直なんて」
「気持ち悪いよねえ、紗良……紗雛ちゃん?」
「そうでありんすねぇ沖田はん」
「はは、変わり身が早いね」
ところで私は先程から固まっている斎藤さんが気になって仕方ないんだが。「あの、」声を掛けようとしたところで、着物の袖を引かれる。
「……雪村さん?」
「紗良君、なんだよね?」
少し気恥ずかしそうに私とよく似た色の着物を着た雪村さんは、同じ女として惚れ惚れするくらいに綺麗で可愛らしく、もうなんか、いっそのこと消えてしまいたくなる。
「はい。一応君菊さんのおかげで女の様にはなったかと」
「す、凄く可愛いよ!可愛いし、美人だし、なんていうか……綺麗」
「複雑ですね、なんだか。しかしまあ……雪村さんの方が、とても綺麗ですよ」
にこりと微笑んで見せれば、雪村さんの頬は一段と赤に染まる。褒められ慣れているだろうに、少なくとも、私が準備している間褒められ続けただろうに。
「2人とも、見違えるほどに綺麗になったな」
「近藤さん、驚きすぎですよ。それに俺としては凄く複雑なところです」
「とにかく、今回の調査は気を抜くな。お前らを危険な目には合わせたくねえ。特に椎名、手前は弱い。雪村を守りてえなんぞ一丁前な意地で、無理するんじゃねえぞ」
「……」
「返事はどうした」
「心配性」
「手前なあ……!!」
とにかく、私は女と言うことがバレないように、加えて、客には男ということがバレないように。いつもより骨が折れるな。目を瞑り、甘深い香りに浸る。
溺れるのならば空に
沈むのならば何処に、
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