27 花園に咲いた彼岸花 土方さんから直々に御呼び付けを受け、一体何の用ですかと広間の襖を開けると、幹部さんに雪村さん、そして初対面の女性が二人。その二人に「初めまして」と人当たりの良い笑みを貼り付けて挨拶をし、土方さんへと顔を向けると「そこに座れ」との一言。勿論、全て"椎名紗良君"の声色と表情、そして動作で。
「ねえ千鶴ちゃん、この人?」
「うん、紗良君って言って、平助君の弟なの」
「へぇ、使えそうやないどすか」
「藤堂さんの?随分似てないのね」
「……そうですか?」
この人随分と正直だな。結構好感は持てるとしても、バレそうで怖い。「俺に何か用でしょうか」と早目に事を済ませたいがために質問をした。
「ああ、ごめんなさいね。私は千姫、こちらは君菊」
「よろしゅう」
にこりと微笑まれたが、名前を聞いても私は思い出せずにいた。千姫、君菊、……駄目だ。少しも分からない。
「まどろっこしいのは嫌いだから率直に言うわね。貴方に女のフリをしてもらいたいの」
「平たく言えば、島原の芸妓どすえ。本来は舞踊や芸も必要どすけど、まあお客はんのお酒を注ぐだけでよろしおす」
「は?」
「ご、ごめんね。紗良君がお酒の匂いが嫌いなのは分かってるんだけど……」
いや、だからどういう意味なんだ。島原?あんなところで何をしろと。それ以前にゲイギとは何の事だ。申し訳なさそうに私を見る雪村さんに、「事の成り行きを話してください」と苦笑を貼り付け聞いてみると、ぽつりぽつりと話してくれた。
「……つまり、雪村さんのお父様がいるかもしれなくて、それに加えて怪しい会合が開かれていると?」
「まあ、そういうことね。本当は千鶴ちゃんは1人で行くつもりだったらしいんだけど、流石に危ないから……」
「それで、紗良君に白羽の矢が立ったって訳」
ここで初めて幹部である沖田さんが口を開いた。多分、他の方々も何も言わないということは既に話は進んでいて、私の意見など無いに等しいのだろう。だとすれば、返すべき言葉はただひとつだ。
「俺としても雪村さん……女性1人でそんなところに潜入させるわけにはいきません。女装というのは引っ掛かりますが……お受けします」
「よかったぁ。あ、分かってると思うけど……島原では絶対男って暴かれないようにね」
男なんて暴かれるはずがないじゃないですか、女ですもん。なんて事は絶対に言わない。
ホッとしたように女性三人の顔が綻ぶのと対照的に、沖田さんと斎藤さん以外の幹部の方々の顔が分かりやすくしかめられた。多分、雪村さんが島原に潜入というのも本来ならば止めたいところなのだろう。
「斎藤さんとか藤堂さんも適任な気もしますけどねー」
「椎名、何が言いたい」
「……椎名?」
ピクリと千姫さんの眉が動いた。あ、なんか聞いたかもしれない。雪村さんが、雪村さんが風間さんルートを進まなければ誰かが風間さんと結婚したはずだ。誰だ、誰だ、あの風間さんが結婚するということは、その人は鬼で、鬼で、たしか、――――千姫?
「では俺はまだ稽古が残っていますので」
「ねえ、待って。椎名ってどういう事?藤堂さんの弟じゃないの?」
立ち上がろうとした私の袖を、千姫さんは軽く引っ張った。
斎藤さんに話題を振ってしまった自分に非があるのは分かっている。この世界での椎名が鬼の姓だということも何年か前に風間さんから聞いた。しかし、何故こうも他人の家事情に首を挟みたがる。私と藤堂さんが小さい頃に離ればなれになったと信じている雪村さんが、心配そうに私と千姫さんの顔を見比べているのが分かったので、苛立ちと辛さなどを交錯させたような表情を作り、思いきり言い放った。
「俺と兄上の過去が、今回の潜入に、ましてや貴女に関係がありますか。俺達の過去を、今日知り合ったばかりの貴女に言う必要がありますか」
そのままフイッと踵を返し部屋を出た。我ながら悲劇の主人公のような言い様だ、と大して面白くもないのに嘲笑する。多分、私の予想が正しければ、多分
「ねえ、待って、ごめんなさい」
「……まだ何か用ですか。千姫さん」
ほら来た。心底申し訳なさそうに眉を下げ、謝罪の言葉を述べる千姫さんに対し、冷ややかな視線を向ける。感情をストレートに表現するのが、多分紗良君だ。
「ごめんなさいね、立ち入ったこと聞いちゃって……。あの、鬼って知ってる?」
私が怒っていると思っている千姫さんは、おそるおそる言葉を選びながら話しているように見える。まるで私が虐めっ子のようになった気がして、とても居たたまれないし、多分実際にそうなのだろう。ああ、嫌だな。まるであの子達と同じじゃないか。醜い。
「……風間さんが言っていましたね。雪村さんの事と一緒に」
「!なら話が早いの。私もね、女鬼なの。それで、椎名って言うのは」
「千姫さん、まどろっこしいのが嫌いならば、率直に何が言いたいのか教えてください」
「……そうね。もし仮に、貴方が鬼だとしても、貴方は男だから風間や他の鬼から狙われることもないわ」
狙われる、だとさ。酷い言われようだな風間さん。
キッと私を強く見据え、凛とした声で千姫さんは言葉を紡いだ。
「ただ、千鶴ちゃんを危険な目には遭わせないで」
その言葉に、とても柔らかな微笑みを浮かべながら、「はい」と口を開く。
「雪村さんを、お守りすると約束します」
我ながら歯の浮くような台詞だが、それに満足した様子の千姫さんは「ありがとう」と穏やかに笑った。そして、私の前に出された千姫さんの右手を、優しく包み、握手を交わした。
「あと、俺と藤堂さんは異父兄弟です。俺は藤堂の家に生まれましたが、幼い頃に椎名の家に引き取られました。でも、俺風間さんにも言われましたが、……鬼の血が、極端に薄いんです。それで……」
言いづらそうにしてみれば、「言わなくて良いよ」と柔らかい声が降ってくる。そしてこの話を雪村さんが知っているのかを尋ねられたので、言わないでくださいと一言だけ返した。
「悪かったな」
その日の夜、いつも通り幹部や隊士、雪村さん全員が湯浴びを終えた後、風呂に入るようにと土方さんが言いに来た。しかし、昼間の事を思いだし、千姫さんは納得してくれたようだが、あの場にいなかった君菊さんが気にかかり、わざと少し大きな声で、椎名紗良君の声を出す。
「謝らないでください!俺も役に立てると思えば嬉しいです」
自分と2人なのに未だ"紗良君"のままな事に、土方さんの眉が動く。ああ、こういう事に鋭い人でよかった。「俺は明日の事について、幹部たちともう一度話し合いをしてくる」と歩いていったのは、きっと今、私が誰かに監視されている恐れがあることを言うためだろう。多分その"誰か"は、君菊さん。
確か、女鬼の傍で使えるのは忍だったはずだ。だとすれば、本物の忍の出ではない山崎さんですらあれだけ土方さんに忠誠心を持っているのであれば、本物の忍ならば主……つまりは千姫さんに対する忠誠心は限りなく強い。もしも監視されているのだとすれば、それは私が千姫さんという女鬼に危害を与えない者かどうか見極めてるんだと思う。被害妄想かもしれないが、念には念を入れておいた方がいい。
「……風呂、皆と入ってみたいなあ」
忍びには聞こえるが不自然ではないであろう声量で、そう呟いた。その後、とても痛々しそうに顔をしかめ、ギュッと自分を抱き締めた。
「この傷さえ、無ければ」
私のシナリオはこうだ。私と母は藤堂さんの母でもあり、父はここでの鬼の家、椎名の者。生まれてすぐは藤堂さんと同じ家で育ったが、数年後のある日椎名家が紗良の存在を知り引き取る。その後血が薄いことが判明し、暴力。
とまあとても在り来たりなシナリオだが、こうすることで明日の着替えも「着させてあげる」なんて転回にはならないだろう。まあ、君菊さんが本当に私を監視していて、尚且つ千姫さんにその事を報告すればだが。
考えすぎかとも思ったが、そのまま着替えを持ち、また、皆が入った後の残り湯を浴びに行く。
そういや私、芸妓さんの言葉なんて話せないんだけど。
花園に咲いた彼岸花
どんな色に魅せれば許される、
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