21 残酷こそ世界なのだと 朝、広間には幹部さんたちが集まり、皆山南さんの目覚めを待っていた。"助かる"と言うことが分かっているのにプラスされ、井上さんから「峠を越えた」という報告を聞き空気は少し軽く感じられた。そんなとき、まるでAKYと言わんばかりに伊東さんがカラリと障子を開けた。
「あらあら、皆さんどうなさいましたの?昨夜、凄い音がしましたけれど、その騒動と関係があるのかしら」
ギクリと肩を揺らしたのは藤堂さんと永倉さん。下手な言い訳をしようと必死なのは原田さん。沖田さんと斎藤さんに「なんとかしてくださいよ」とアイコンタクトを送っても、沖田さんは華麗にスルーをし、斎藤さんには目を合わされなかった。それどころか、沖田さんにポンと肩を叩かれたので堪ったもんじゃない。
「紗良君、そういうの得意じゃない」
小声でそう言われ、溜め息を吐いた後腹をくくり立ち上がった。そのまま伊東さんの前へと歩き、しゅんとうなだれながら口を開く。もちろんワザトとる態度だ。
「……兄上、と喧嘩……しました」
わざとらしく口を尖らせながらそういうと、伊東さんは「あらあら」と目を丸くさせた。
「紗良君たちも喧嘩をなさいますのね」
「……兄上が悪いんです……確かに俺にも非がありますが」
「まあ……原因はどういった事ですの?」
伊東さんが藤堂さんに目をやったことで内心に焦りを感じる。ただえさえ急に自分の名前が出されたことで戸惑っているはずなのに、ここで聞かれた藤堂さんが上手い理由を見つけられるわけがない。
「平助が、弟の置いてあった甘味を食べました」
淡々とした声色でそう告げたのは斎藤さんだ。流石に私も少なからず驚いた。え、それだけで私たち兄弟はあんな音を立ててまでの喧嘩をしたと。無理がないか。
「フフ、それで喧嘩しましたの?まったく紗良君は可愛いらしいことね。私の部屋に丁度甘味があるから、ついでにお茶でもどうかしら?」
……これが狙いか。それで納得してくれる伊東さんも伊東さんだ。「はい!」と嬉しそうな素振りを見せ返事をすると、伊東さんは一瞬で上機嫌になってくれた。私がお茶に行くだけでなにも疑うことなく上機嫌になってくれるなんてありがたいことじゃないか。
浮き足立てて部屋を出ていく伊東さんと入れ違いになるようにしたのか、山南さんが部屋に入ってきた。山南さん!と一同の声が上がる。
「出歩いても大丈夫なのか?」
「ええ……といっても少し体が重い気がします。しかし左手はこの通り少しは動くようになりましたよ。……薬が効いている証拠、ですかね椎名君?」
急に話が振られたことに戸惑いながら、私は口を開いた。本当は、羅刹の力の真実を話したかったが、左手が動くことに少なからず優しげな笑みを浮かべている山南さん本人には、言えなかった。羅刹の力が、命を削るなんて。
「……確か、もう暫くすれば完全に動くようにはなりましたよ」
私には、そんなことしか言えなかった。きっとガン末期の患者本人にガン宣告をせず、気休めの言葉を並べる偽善者の医者と私は同じだ。しかし、まだ言いたくない。
「よう紗良!聞いたぜ?藤堂さんと喧嘩したんだって?」
「もうそこまで回ってるんですか!?」
「珍しいよなー、藤堂さんたちでも兄弟喧嘩するんだな」
そう茶化すように笑う目の前の隊士さんは私が屯所に来たときから目をかけてくれている。
「梅さん。男兄弟なんてそんなものでしょう?」
梅さんはゲームには登場しないモブキャラだが、この世界にきた私には関係ない。名前だって呼びあう仲で、それこそ平隊士さんの中では一番気にかけてくれている方だ。たまに剣術だって教えてもらう。ちなみに幹部さんたちも未だ全員名字にさん付けで呼ぶのに対し、同じ年上でも梅さんと呼んでいるのは、単純にさん付けだと返事をしてくれなかったからだ。
「梅さんって……女かよ、俺は……。っと、そうだ。紗良」
「はい?」
「今度の夜、平隊士たちと飲み合わねえか?」
新選組の知名度は上がっており、私が来た頃に比べると確かに経済的にゆとりができている。しかし、私は未成年だ。
「俺お酒飲んだことないです」
そう言うと梅さんはオーバーなリアクションで驚いていた。いやだって私元々15歳で、しかも今でもまだ16ですよ?
「紗良君」
声の主の方へ振り替えると沖田さんが此方に手招きしていた。沖田さんが幹部だからか、「行ってこいよ」と梅さんに笑顔で見送られ、ペコリと一礼して沖田さんの元へと駆け寄る。
「随分楽しそうだったね」
「え?ああ、梅さんですか?まあ、平隊士さんたちの中では一番仲良くしてもらっていると思いますよ」
「梅さん?梅戸君のこと?……へえ、君は僕の事は未だ"沖田さん"なのに、彼の事はそう呼ぶんだ」
一気に回りの空気が冷たくなったような気がして、言葉に詰まった。いや、別に良いだろう。私がなんと呼ぼうが私の勝手だ。
「……えっ、と、なんですか。沖さんとでも呼べば良いんですか」
「総司」
「は」
「でないと返事しないから」
「いや貴方年上じゃないですか」
伊達に上下関係が激しい縦社会で生活をおくってはいない。年上を、つまりあの時代で言う先輩や先生、目上の人を呼び捨てにするということは死に値することだ。チラリと沖田さんに目をやると、拗ねたようにムスリとしていた。
「……総司さん」
溜め息をひとつ吐き、観念してそういうと沖田さんは口角を上げてこちらを見た。
「へえ、やっぱり君って結局優しいね」
「……は?」
騙された。あれは計算か。私としたことが騙された。
「……で?結局聞きたいことってなんなんですか」
あの瞳、あの表情。脳裏にこびりついて消えない、あの寂しげで、不安の浮き出た、なのに口元には笑みを携えた沖田さんの痛々しい表情。
「ああ。正直に答えてほしいんだけどね、」
沖田さんの顔が真剣なものへと変わり、私の両肩を掴んだ。この翡翠の眼には未だに嘘をつけずにいる。もしかして、沖田さんは、もう、
「僕って、いつ死ぬの?」
重すぎる言葉は私の脳を揺さぶるのには十分過ぎた。そんな私を見て「ああ、長生きはできなそうだね」と呟かれた言葉に耳を塞ぎたくなったが、生憎そんな悲劇のヒロインぶった動作などなんの意味も持たない。
「……雪村さんの、進む道次第です」
バッドエンドなら、雪村さんの双子の兄に殺される。グッドエンドなら、雪村の地で雪村さんと婚姻を結び和やかに暮らすことになる。いつまでかは、分からないが。
「……じゃあ聞くけど、僕は病気なの?」
「――――っ」
図星だった。確信めいたその質問は、きっと沖田さんも心のどこかでは予想しているのだろう。この両手から逃れたかったが、それを許さないのが彼の力で、それ以前に、そうすれば全てバレてしまうということが分かっているので結局逃れようとすることすらできない。
沖田さんが急に、優しい声色で語りかけるように私に言った。
「紗良ちゃん。これは僕のことだよ。僕の体で、僕がそれを知りたいって言っているんだから、君が気にすることじゃないでしょ」
しかしその顔はあくまでとても真剣そのもので、私は意を決して手をギュッと丸めて、握りしめ言葉を出す。
「……労咳、です」
ガン宣告を受けた患者は、皆こういう顔をするのだろう。スッと抜けた沖田さんの手の力が、解放された肩に不安を覚える程にもどかしく感じられた。
「…………そう、」
小さく呟かれた声は弱々しく震えていた。なんと声をかけたらいいか分からなくて、頭の中に浮かんだ言葉が全て偽善に思えて仕方なかった。沖田さんに知らせた今、私のすべきことはやはり近藤さんたちに知らせることなのだろうか。
「紗良ちゃん、ひとつお願いがあるんだけど」
「…………はい」
一呼吸置いた後で発せられた言葉には一点の迷いもなく、その声は凛としたもので、
「他の人には絶対に言わないでね。
僕は、刀を握れなくなったらなんの価値もないんだから」
寂しくて悲しい、その言葉にすら、私はなんの声もかけられなくて、ただただその場に突っ立っていた。違う、とか、沖田さんには刀が握れなくとも良いところがある、とか言いたいことはたくさんあるのにその全てが、今はただ沖田さんを追い詰めてしまいそうで、怖かった。
「……ねえ、少しの間抱き締めても良いかな?」
私が返事をする前に、体は温もりに包まれていた。僅かに震えている腕の力に、なにかを言えるでもなく、ただ届くかも分からない声で名前を呼んだあと、沖田さんの背中を擦るように手を回した。
残酷こそ世界なのだと
優しいだけの世界があればいいのに、
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