20 優しさの綱渡り ひとしきり泣いて、ふと大事な事を言っていなかったのに気付く。こういうのは誰に言えばいいのだろうか。たしか傷の手当ては、手当ては。カタリと障子を開け、小走りで山南さんの寝ている部屋の襖を開けると予想通りの人がいた。
「!?な、椎名君!?こんな夜更けに出歩くんじゃない!」
少し煩かったので隣に膝を立てキュッと手を結ぶ。そして真剣な声色でもう一度名前を呼ぶと、山崎さんの顔から冷静な色が戻る。
「山南さんは助かります」
「……どうして分かる?」
「…………それは今更言う必要ありますかね?」
肩をすくめながらそう言うと、山崎さんは「少し待っててくれ」と言って部屋をでた。両手を畳に付け、少し前に屈み、布団に横になっている山南さんの寝顔を覗きこむ。ひどく静かで安らかで、頭では分かっているのに死んでいるのかと錯覚しゾクリと背筋が冷えた。キュッと唇を横に結び、必死に教えてもらったあらすじ、情報を頭の中で思い起こす。大丈夫、大丈夫。私がまだこのゲームのあらすじを狂わせていないなら。
「……山南、さん」
ぽつりぽつりと静かに、独り言の様に言葉を続ける。
「私、今更気付いたんです。山南さんの言葉で、今更。……、ただの被害妄想でした。悲劇のヒロインのつもり、だったんでしょうかね」
過去の出来事をトラウマのように持ち続け、壁ばかり作ったのは私の方だ。理解されるわけがないと人を見下し続け、嫌われたくないと怯え続けて誰も信じなかった。でもそれは、私のせいで、私が、私が、勝手に。家族にも友達にも落ち度はなかったはずだ。もう月日は流れ、それをずっと引きずっていたのは私。
「私、本当に此処好きなんです。優しくて、あたたかくて、本当」
右手で山南さんの頬を撫でると、低体温ながらに温もりを感じた。
「でも、今は少し、帰りたい……」
蚊が飛ぶような大きさの声だったが、私には十分だった。カタン、と障子が開く音がした。
「椎名」
「……土方さん」
やはり土方さんを呼びにいったのか、と頭の中で思った。きりり、と胃が痛みを感じたような気もしたが、右手は畳の上に移動させた。
「山南さんが助かるっつうのはどういうことだ?」
「言葉通りですよ。明朝には目を覚まします」
「……血には、狂わねえのか?」
言葉に詰まる。確かに山南さんは助かる。命は。ただ、ただ、少しずつじわりと精神を狂わせていくのは事実。ああしかし私は雪村の地のことを知っている。それを教えれば良いのだろうか、難しいなあ。本当に難しい。生きるとは、どの世界でも難しいものだ。
「……他の羅刹の方よりはるかにマシです」
嘘は吐いていない、この言葉。それを口にする私はとても狡いなと自覚し、心の中で嘲笑った。
その言葉を察したのか、土方さんはそうかと小さく頷いた。
「山南さんがこうなっちまったんじゃ……寺へ越すのは、話だけじゃ済まなくなっちまったな」
「まあ、そうですね」
少し眉間にシワをよせ、自身の綺麗な髪をガサツに掻き乱したあと、フッと土方さんは此方を見た。
「ところで、どういう心変わりだ?」
「……と、いうと?」
「お前はさっき近藤さんに有力な情報はくれなくて良いって言われたよな?」
そこまで言われて、ああ、と話の先が見えた。この人はいつも周りに厳しくて、鬼の副長と名高いのに、誰よりも一番組全員の事を考えて、隊士ではない私や雪村さんのことまで気にしてくれる。
「……こういうことは、言えるんですよ」
「未来が変わらねえからか?」
「んー、でも土方さんのそのクマは消えますよ?」
くすりと笑ってそう言うと、土方さんは面食らったような顔を見せた。こういう顔、新鮮で良いな。
「……馬鹿か。どうにせよ、眠れるかよ」
「……ほう?」
「おい」と障子の方へ土方さんが一声かけると、その障子が開き他の方々が入ってきた。
「盗み聞きは良くねえぞ」
「やだなあ、そんな人聞きが悪い。僕たちはただいつ入れば良いのか分からなかったんですよ」
へらりと笑い、飄々とした態度で隣に座り込む。暫く無言が続いたが、ぽつりと斎藤さんの言葉が呟くように言った。
「……俺たちのせいか、」
その言葉は宙へと回り、そのままずしりと重くのし掛かって見えた。其々の眉が下へと垂れる。
「確かに、そうかもしれません」
追い討ちをかけるような私の言葉に、ハッとしたような目が一部から向けら れるが、その目もまた下へ向く。
「でもそれだけではありません。私にだって責任はあります。でも、誰のせいとか、そういうの以前に言葉や理屈では割りきれないモノがあったんです」
しかし、ありとあらゆる言葉が山南さんを傷つけたのも事実だ。あの柔和な笑顔を見る機会が少なくなったときから、サインは沢山出していたはずで、しかも私はあの薬を手にしたとき、止められなかった、否、止めなかった。
「言葉って、大切ですよね」
それは今の事態だけの意味ではなく。
「……そうだな。だからアンタには感謝してる」
「は?」
思わず間の抜けた声が発せられたのは重々承知の上だった。それも仕方のないことだろう、それほど斎藤さんの言葉には脈略が見えなかった。
だってそうだろう。私は止められたはずなのだから。どう返したらいいのか分からずにいると、近藤さんが優しく言葉を紡ぐ。
「なにもそんなに驚くことはない。椎名君が彼が助かると教えてくれたから、俺たちな皆安心した。……本当に、ありがとう」
寧ろ、私がその事を教えるのは当たり前のことで。彼らからしたら罪滅ぼしにもならないであろうことで。
「……すいませんでした」
自然と口を突いた謝罪に、近藤さんは困ったように笑った。私は、未来をかえれるような、それこそ、使いようによればこの新選組の方々が死なずに済むような情報だって持っているのに。
それほど、ここの人たちは互いに互いを思い合う、そんな現代人に欠けていた心を持ち合わせているということだろうか。
きっとこれからの場に私……新選組ではない者はいない方が良いだろう。そう思い部屋を出ようとしたとき、沖田さんが近付いてきて、そっと耳元で尋ねた。
「僕、教えてほしいことがあるんだけど」
その場で断れなかったのはその時の沖田さんの表情のせいだ。
優しさの綱渡り
大切なものは決まっているはずで、
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