桜とともに | ナノ


19 月は全てを知っていた

広間に入るといつもよりも訝しげな顔をした土方さん、眉を八の字に下げていかにも心配そうな顔をしている近藤さんに藤堂さん、永倉さん、原田さん、井上さん、島田さん。いつもと変わらぬ様子で座っている斎藤さんに沖田さん。

「あと、天井には山崎さんもですかね?」

そう上を見て言うと、シュタリと天井裏から山崎さんが降りてきた。忍ですか、忍ですよね。
とりあえず座布団が目の前にひとつ敷いてあったのでそれに正座をした。誰の刀で斬られるのかな、土方さんかな。痛くなかったら良いな、痛さすら感じられないほど鮮やかに殺してくれないかな。

「……本題に入るぞ」

低い声で土方さんは言う。「はい」と声が震えそうになるのを抑えながら口を開いた。

「変若水……の事ですよね」

私の方から切り出すと思わなかったのか、一瞬表情を崩したのが分かった。沖田さんのいつもと変わらない声がきこえてきた。

「そういうところ、変わらず正直だね紗良ちゃんは。僕は土方さんに"知ったかも"って言ったから」
「私、知ってたんです」

ザワッと広間の雰囲気が変わったのが身をもって分かった。

「変若水、羅刹、そして山南さんが"飲む"こと。全部最初から知ってました」
「……どういうことだ」

一層低くなった土方さんの声にゴクリと唾を飲んだが、不思議と恐怖心は抱かなかった。今更言葉を選ぶ必要は無いか、いや、それでも選ぼう。

「確かにいつかは知りませんでしたが、いつかはこの夜が来ると知っていました。池田屋のときも、最終的に池田屋に行くこと知ってました」

だって私、未来から来たんですよ。そう言えば、部屋の空気が更に重苦しいものへと変わった気がする。ああ、嫌だな、まるであのときみたいだ。それでもなにが違うって、私は今、自分から言葉を紡いでる。仕方ないと諦めて、終わるのを待っていた私とは違う。

「……私を此処に置く意味、ないでしょう?私有力な情報なにひとつ与えられていないんです」
「そ、れって……なんか理由とかねえの?」

こんなときでも心配してくれているのか、優しいな、と自虐的な笑みを漏らすと、藤堂さんは今までよりもずっと悲しそうな笑みを見せた。

「酷く、自分勝手な理由です」

一度俯いて、ゆっくりと二酸化炭素を吐き出した。汚い、汚い私の呼吸。

「未来が変わるのが……怖かった」

この人たちの未来も、そして世界の未来も。いつから私はこんなにも弱くなったのか。結局この人達が好きになってたんだ。そして好きになる度、ここの居場所が心地よくなる度、元の世界の家族に対する罪悪感にも似た何かが増すばかり。
未来を変えるだけの度胸も無いくせに、この人たちが散っていく事を仕方ないと割り切れる心も私は持っていないのだ。中途半端な私はいつも、終わってしまった後に悔いることしかできない。

「すいません、本当に、私、役に立たないんです。雪村さんの様にお父さんが皆さんが探している人物なわけもない。人を斬るのに長けた超ヒットマンでも、成功に導くスーパーヒーローでもない。ただの普通の女子中学生で、此処に来て1年経ちましたが、それでもまだ、女子高生です」

静かに土方さんが立ち、私の前へと近寄ってくる。

「貴方たちの未来は、変えて良いものなのかが分からない。何もできなかったのは私にそれだけの勇気も、力も、無かったから」

きっと私が強ければ、そしてこの人たちの事を考えるなら、雪村さんと私、二人ともを殺してでも遠ざけただろう。
今ではもう聞きなれた、鞘から刀を抜く音。ああ死ぬんだな、と思った。

「言い残すことはないか」

そう声を掛けられ、色々悩んだ末、顔を上げて静かに口を開く。

「痛くないように、殺してください。――ね?」

最初に、殺されると思ったときに吐いた言葉。ひとつ違うのは、あんな仮面の笑みじゃない。

「私、此処が好きでした」

目を閉じると、土方さんの名を叫ぶ声と、私の名を叫ぶ声が交差した。――――――――刹那、

体の重心が横へと傾く。
目を開いたにも関わらず、視界から土方さんの姿は消えていた。
キツく抱き締められているらしい。床に倒れ込んだ際、少し背中が痛んだ。しかしそんなこと気にも止まらないのはきっとこの腕が震えているせい。

「と、うど……藤堂、さん?」

ぎゅう……と抱き締められた腕が強まる。肩越しに土方さんの方へと視線を向けると、私と同じ様に床に倒れ込んでいた。上にいるのは永倉さんだ。

「……お前ら、どういうつもりだ?」
「悪ィな土方さん。平助も俺も馬鹿だからよ……なんで、紗良ちゃんを殺さなくちゃいけねえかわかんねえんだ」

その言葉に私の上にいた藤堂さんがバッと上半身だけを起こし、土方さんの方へ振り向いた。

「そうだよ!紗良だって色々頑張ってるじゃん!左之さんだって、総司だって一君だって……なんでだよ。こ、近藤さん!近藤さん初めに言ってたじゃん!未来から来ても、"此処にいるのはいけないことか?"って!!」
「……と言うわけだが、トシ?」
「……ま、そうなるとは薄々分かってたがな」
「薄々って、土方さん最初から斬る気なかったじゃないですか」

流石にこの会話に頭がついていかない。え?つまり、どういうわけですか。

「……は?待てよ土方さん、どういうことだ?」

頭に疑問符を浮かべているようにも見える永倉さんに、土方さんはまずは退くように言った。

「副長は椎名を斬るつもりは、端からなかったと言うことだ」
「いや待ってよ一君。一君達は最初から知ってたわけ?」
「ああ。ちなみに平助たちに教えなかったのは、そう命じられたからだ」
「ま、仕方ねーよな。そうでなきゃ新八も平助も大根役者も良いところだしよ」
「左之さんもそんなに大差ないでしょ。僕は左之さんに言うのも怖かったよ?」

私も藤堂さんも永倉さんもぽかんとした顔をしていることだろう。私かなり覚悟を決めていたんだけど。凄く怖かったんだけど。

「……時に平助。いつまで椎名の上に乗っているつもりだ」
「え、あ、ご、ごめん紗良!!」

慌ててバッと藤堂さんは私の上から退いた。むくりと体を起こすと涙が出そうだったので、キュッと唇を噛み締めた。

「……怖い思いさせたな」

確か、此処へ初めて来たときに撫でてくれたのは原田さんだった。その優しい手は、なにひとつ変わらない。

「じゃあなんで……」
「雪村は椎名を気に入っているみてえだからな。自分が口を滑らせたせいで、って考えたらこれからはもう少し注意するだろ」
「ここまでする必要あったのかよ……平助も俺も、すげえ焦ったんだぜ?」
「紗良ちゃんを確かめる、っていうのもあったんじゃないですか?ほら、土方さん性格悪いから」
「総司……お前がそうしようって言ったんだろうが……!」
「でも乗ったのは土方さんですよ?」

いつも通りの賑やかさになったところで、近藤さんは私の前へ腰を降ろし、日だまりの様な優しい笑みを見せてくれた。

「すまなかったな椎名君。……それにしても相変わらず、君は生への執着が薄いんだな」

確かめる、とはこの事だったのかと分かり、少し俯いた。

「ひとつ言わせてはくれないか」
「……はい」
「我々は君に、有力な情報を与えてくれと言ったことはないはずだ」
「……」
「椎名君は頑張っている。それだけで充分だ」
「……こ、」
「居場所がないなら、此処にいればいい。……だから、生きてくれないか。もう、自分の存在を否定しないでくれ」

変わらない温かさが無償に嬉しくて、優しくて、いたくて、苦しくて。私は部屋に戻った後、一人で泣いた。涙なんて久しぶりだった。

月がやけに優しく見えたのは、此処が優しいからだと思う。


月は全てを知っていた


  優しい事を忘れるのは人間の悪い癖、

  

181123 一部加筆修正
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